例年にない長く暑かった夏。ようやく秋風が吹きはじめる頃、暑かった夏の日を想いながら“ボサ・ノヴァ”の名作を聴く。本場のブラジルものというよりも、ちょっぴりジャジーでお洒落なアルバム3枚をピックアップしてみた。
「サマー・サンバ/アストラッド・ジルベルト&ワルター・ワンダレイ(A Certain Smile A Certain Sadness)」
(ヴァーブ ⇒ ユニバーサルミュージック UCCU-6263)
“ボサ・ノヴァの女王”として大きな人気をもっていたアストラッド・ジルベルト。63年に吹き込んだ<イパネマの娘>が大ヒットして一躍“時の人”になった彼女が66年、やはりブラジルからアメリカに渡って間もなかったオルガン、ピアノ奏者のワルター・ワンダレイと共演したアルバム。
原盤のタイトルになっている<ある微笑>(A Certain Smile)と<ある悲しみ>(A Certain Sadness)。前者はフランソワーズ・サガンの同名映画の主題歌で、後者はブラジルの作曲家、カルロス・リラが書いた曲。そんな2曲をボッサ・テイストで並べたアイディアも洒落ている。<サマー・サンバ>(So Nice)はリオデジャネイロ生まれのシンガー・ソングライター、マルコス・ヴァーリの作品で、ワンダレイが取り上げてヒットさせたものの再演になる。シャンソン曲<ポルトガルの洗濯女>(Portuguese Washerwoman)も、もともとブラジルのリズムを使った曲なので、ここに取り上げられたのだろう。軽快なボッサ・ビートに乗ったワンダレイの浮き立つようなプレイと、クールなアストラッドの歌声が絶妙なブレンドをみせてゆくのが心地よい一枚になっている。
「海風とジョビンの午後/イリアーヌ・シングス・ジョビン」
(Somethin' Else ⇒ ユニバーサルミュージック TOCJ-5595)
今日のシーンにあってトップ・クラスの人気、実力をもつ女性ピアニスト、イリアーヌが、ボサ・ノヴァの創始者でもあるアントニオ・カルロス・ジョビンの名作ばかりを歌い、演奏する。オリジナルのタルバム・タイトルは「Eliane Elias sings Jobim」。イリアーヌはサンパウロの生まれで、80年代の初めにアメリカに渡っていることから、彼女のボサ・ノヴァ・プレイは筋金入りだ。これ以前にもジョビン集「風はジョビンのように」を録音しているものの、そちらはピアノ演奏が中心だったのに対して、98年リリースの本作では全編にわたって彼女のボーカルもフィーチュアされる。
イリアーヌの歌声はソフトで囁くようにナイーブな感覚をもっていて、まさにボサ・ノヴァにはぴったり。ピアノ・タッチもジョビンの曲を意識してか、弾き過ぎることなくシンプルに抒情美を表現してみせる。<イパネマの娘><ワン・ノート・サンバ><デサフィナード>をはじめとするジョビンの代表曲のほか、<ファランド・ヂ・アモール>(Falando de Amor)<十字路>(Caminhos Cruzados)などの秘曲が含まれているのも嬉しい。イリアーヌがボーカリストとしても本格的に力を入れ始めた頃の作品であることから、彼女にとっても忘れることのできない一枚。ギターのオスカー・カストロ・ネヴェス(Oscar Castro-Neves)がさりげなく確かなリズムを刻んで、アルバム・タイトルのようにさわやかな抒情が広がってゆく。曲によってマイケル・ブレッカーが参加して、イリアーヌの世界にいっそうの花を添えている。
「ボサ・ノヴァ・ソウル・サンバ/アイク・ケベック」
(Bluenote BLP-84114)
ジャズの名門レーベル“ブルーノート”にも何枚かのボサ・ノヴァ・アルバムがある。いずれもクールなボッサでなく、ブルージーな味わいをもっているものばかり。そんな中でとくに筆者が愛聴しているのが、黒人テナー・サックス奏者アイク・ケベックによる「ボサ・ノヴァ・ソウル・サンバ」である。
アイク・ケベックについては♯177(第51回)でも作品を紹介しているが、これは彼が最晩年に吹き込んだ作品。ボサ・ノヴァのリズムが使われているものの、アイクはあくまでもジャジーなペースでメロディーを美しく吹き綴っている。ゆたかな情感あふれるトーンとともに奏でられる快い演奏の数々。ギタリストとして参加したケニー・バレルが書いた哀感あふれる<ロイエ>(Loie)。フランツ・リストの名曲をアレンジした<愛の夢>(Liebestraume)や、ドボルザークの<家路>(Goin’Home)、ローリンド・アルメイダが作曲した<シュシュ>(Shu Shu)など、どれもが心地よいボッサのリズムに乗って、ゆったりと時間が流れてゆくような演奏ばかり。この2か月後に世を去ってしまったことを思うにつけ、あらためてアイク・ケベックの死が惜しまれる彼のラスト・アルバムである。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。