第五十一回
4月に聴く〝春〟のアルバム

2022.04.01

文/岡崎 正通

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今年は例年になく寒い日が多くて、長く続いてきたような気がしている。そんな日々が終わって、急に暖かい春がやってきた毎日。そんな春の日にふさわしい作品。そして春の日というと取り出して聴いてみたくなるアルバムを思いつくままにピックアップしてみる。

♯175 柔らかなヴァイオリンと、瑞々しいピアノの対話に包まれる

ベートーヴェン~ヴァイオリン・ソナタ第5番“春”/ユーディ・メニューイン~ウィルヘルム・ケンプ

「ベートーヴェン~ヴァイオリン・ソナタ第5番“春”/ユーディ・メニューイン~ウィルヘルム・ケンプ」
(ユニバーサルミュージック UCCG-9166~8)

クラシック音楽で春の曲というと、真っ先に“春”と名付けられているベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第5番が浮かんでくる。学生時代から良くレコードで聴いて親しんでいたからかもしれない。“春”という表題はベートーヴェン自身が付けたのではないものの、優しく幸せに満ちた曲の雰囲気は、タイトルにぴったりのものがある。ヴァイオリン・ソナタといってもピアノとヴァイオリンが対等にわたり合うところから、この曲の録音には巨匠どうしの顔合わせによる名演が少なくない。

最初に聴いたのはヘンリク・シェリングとアルトゥール・ルビンシュタインのRCA盤だった。ステレオ・レコード初期の名盤。それからアルテュール・グリュミオーとクララ・ハスキルのモノラル盤。ダヴィッド・オイストラフとレフ・オボーリン、イツァーク・パールマンとウラジミール・アシュケナージ、ギドン・クレーメルとマルタ・アルゲリッチなど・・。多くのアルバムが“クロイツェル”の名で知られるもうひとつの名作“第9番”とカップリングされているのも、この2曲が際立って親しまれてきたものであるからなのだろう。そんな中から20世紀を代表するヴァイオリニストのひとりだったユーディ・メニューインとピアニスト、ウィルヘルム・ケンプによる1970年の録音を挙げてみたい。ベートーヴェンの生誕200周年を記念して吹き込まれた演奏で、柔らかなヴァイオリンの響きとケンプの凛々しいピアノとの対話に包まれる。少し前に廉価盤でも出ていたが、2019年に「ベートーヴェン/ヴァイオリン・ソナタ全集」としてリリースされたSACD~SHM仕様盤が、ふたりの演奏者の温かな表情をあますところなく再現していて、音質的にもベストのものだと思う。

♯176 カウント・ベイシー楽団による<パリの四月>の決定的名演

エイプリル・イン・パリ/カウント・ベイシー楽団

「エイプリル・イン・パリ/カウント・ベイシー楽団」
(Verve ⇒ ユニバーサルミュージック UCCV-9680)

偉大なバンド・リーダーとして誰にも愛されたカウント・ベイシーの楽団が演奏する<エイプリル・イン・パリ>(パリの四月)。ビッグバンド・ファンならずとも、いつ耳にしても心ときめく一曲だ。曲はヴァーノン・デュークが「ウォーク・ア・リトル・ファースター」というミュージカルの為に書いたもので、1932年に作曲された当時はほとんど話題にならなかった。それでも何人かのシンガーによって歌われてきたが、この曲を一躍有名にしたのは何といってもカウント・ベイシー楽団による本録音。

30年代からオーケストラを率いてトップ・バンドとして人気を誇ってきたベイシーは、50年代に入るとメンバーを一新。アレンジャーにも若手の精鋭を迎えて、よりモダンな響きをもった“ニュー・ベイシー楽団”として第2の黄金期を築き上げた。そんな“ニュー・ベイシー”としての記念碑的アルバムでもある「エイプリル・イン・パリ」。“ワン・モア・タイム”の掛け声とともに3度も繰り返される印象的なエンディングとともに、この曲は彼らの人気を決定づけるヒット・テューンになった。アルバムにはバンドの他の代表曲<コーナー・ポケット>や<シャイニー・ストッキングス>も入っている。

♯177 ジャケットも魅力的なアイク・ケベックのブルーノート盤

イット・マイト・アズ・ウェル・ビー・スプリング/アイク・ケベック

「イット・マイト・アズ・ウェル・ビー・スプリング/アイク・ケベック」
(Bluenote ⇒ Analogue Productions CBNJ-84105SA)

とくに春らしい内容のアルバムではないのだが、このジャケットを眺めていると、それだけで何かほんのりした気分になってくる。暖かな陽ざしを背に、芝生でくつろいでいるのはテナー・サックス奏者のアイク・ケベック。スイング時代から活躍して、1950年代に一線から遠ざかったあと59年にカムバック。ブルーノートに本作をはじめとする数枚の作品を吹き込んだものの、63年に亡くなってしまった。そんなケベックの豪快なプレイを耳にすることのできる貴重な一枚が「イット・マイト・アズ・ウェル・ビー・スプリング(春の如く)」である。

タイトル曲はリチャード・ロジャース~オスカー・ハマースタインⅡのコンビによってミュージカル映画「ステート・フェア」の為に書かれたもので、アカデミー賞の主題歌賞にも輝いている名曲。“まるで春のように心が浮き立っている”というメロディーを、アイク・ケベックがテンポを落としたバラードで情感ゆたかに吹き上げてゆく。ドスの効いた感じのテナーとオルガンの組み合わせは、ソウルフルなジャズ・バラード演奏の真骨頂。いくつかのフォーマットでリリースされているが、高音質を誇るアナログ・プロダクションズから出たリマスタリングSACDが、圧倒的なリアル感をもって迫ってきて最高だ。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。