新たな“リマスタリング”や編集企画によって、旧来の作品がいっそう新鮮に耳に届いてくることが多くある。オーディオ的にも多くの聴きどころをもつ「ピンク・フロイド」のリマスター盤をはじめ、近年の素晴らしい編集盤、発掘盤を3点ピックアップする。
「ピンク・フロイド・アット・ポンペイ」
(ソニー・ミュージック SICP-6690)
ロック・ファンの間で伝説ともなっているピンク・フロイドの“アット・ポンペイ”が最高の音質で蘇った。もはや“リマスター”のひとことでは言い表すことのできない、目の覚めるようにリアルな音の仕上がりに驚きをおぼえる再リリースである。イタリアのポンペイ遺跡の円形闘技場で1972年秋におこなわれた無観客のライブ・パフォーマンス。当時としては急進的なバンドだったピンク・フロイドと、石造りの遺跡の映像が見事な調和をみせる映像作品を初めて目にしたのは、市販のビデオが普及し始めた80年代初め頃のことだった。この映像が収録される2ヵ月前にピンク・フロイドは箱根の芦ノ湖畔で開かれた野外イベント“箱根アフロディーテ”出演のために来日。ビッグ・スターへと登りつめてゆく過程にあったフロイドの音楽は、もっとも充実した時期にあったように思う。この映像をビデオで見たときも彼らの創造性を強く感じたことを思い出すが、映像は荒削りで音質もいまひとつ生々しさに欠けており、その後は彼らの新作のほうに耳が移っていっていた。
そして久しぶりに耳にした本「アット・ポンペイ」。2025年にリミックスされた“アット・ポンペイ”は、まるで昨日収録されたものであるかのように4人の精緻なライブ・サウンドがバランス良く、生々しい実在感をもって迫ってくる。オーディオ的にも興味の尽きないものがあって、まず冒頭<ポンペイ・イントロ>の鼓動のような重低音の繰り返し。当時の新曲だった<エコーズ>の幻想的なサウンドの広がり、激烈に斬り込んでくるデヴィッド・ギルモアのギターの凄まじさ!ノイジーな前半から一転、永遠にメロディーが続いてゆくのではないかと思わせる<神秘>(A Saucerful of Secrets)。すべてが半世紀の時を超えてリアルに再生される。この鮮やかなマスタリングを手がけたのは、ロックの分野で定評のあるスティーヴン・ウィルソン。本CDの音源以外に、オリジナル・ネガから修復がおこなわれた4KバージョンをもとにしたBlu-ray映像とセットになった「アット・ポンペイ~ジャパン・エディション」(SICP-6692~4)も同時にリリースされている。
「ジョニズ・ジャズ(Joni’s Jazz)/ジョニ・ミッチェル」
(ワーナーミュージック WPCR-18765)
「青春の光と影」(Both Sides Now, アルバム・タイトルは「Clouds」)が69年グラミーのベスト・フォーク・パフォーマンスに輝いて大きな注目を浴びるようになった女性シンガー・ソングライターのジョニ・ミッチェル。もともとフォークの枠に収まりきらない志向をもっていた彼女は、70年代の半ば頃からジャズへの関心をもって、ジャズの世界の多くのトップ・プレイヤーたちとも共演。ジャジーなセンスやフィーリングを生かしながら自身の音楽を発展させてきた。
この秋にリリースされた「ジョニズ・ジャズ」は、そんなジョニとジャズとの繋がりの深いナンバーを本人がセレクトした4枚組CDセット。「The Hissing of Summer Lawns」(夏草の誘い)「Hejira」(逃避行)「Mingus」などのアルバムに含まれていたナンバーをはじめとする61曲。ジャズ・サイドから見ればウェイン・ショーターやハービー・ハンコック、ジャコ・パストリアスらとの共演が注目されるが、それ以上にジョニ・ミッチェルというアーティストの半世紀以上にわたる創造キャリアを俯瞰する内容になっていることからも、とても意義深い充実のコンピレイション作品と言うことができると思う。
「シルヴァー・イン・シアトル・ライブ・アット・ザ・ペントハウス」
(ユニバーサルミュージックUCCQ-1225, LPは輸入盤 Bluenote 7871568)
“ハード・バップ”と呼ばれたジャズが一世を風靡していた1950~60年代に、ホレス・シルヴァーは絶大な人気をもっていたピアニストのひとりだった。いくつものヒット曲を書いて、名門ブルーノート・レーベルを代表するスターとして君臨していたホレス・シルヴァー。そんなホレスが65年夏、シアトルの“ペントハウス・ジャズ・クラブ”に出演した時の貴重なライブ音源が、今年の秋になって復刻された。ウディ・ショウ(tp)、ジョー・ヘンダーソン(ts)という、当時の若き精鋭プレイヤーをフロントに据えた強力なクインテットによる演奏。
注目すべきは<ソング・フォー・マイ・ファーザー><ザ・ケープ・ヴァーディアン・ブルース>が演じられていることで、ホレスのヒット曲であるにもかかわらず自身のライブ録音はほとんど残されていなかっただけに、これはとても貴重なものと言えるだろう。ブルージーでありながら独特のリズミックな乗りをもったタッチを耳にするにつけ、まさに“ファンキー・ジャズの教祖”たるホレスの真髄に触れる思いがする。<サヨナラ・ブルース>は62年にホレスが日本を訪れた時に、日本の印象を綴って書いたメロディー。ここでは18分を超える長い演奏の中にソロイストが存分に個性を投入してみせる。そしてステージは<ノー・スモーキング>でさらに熱く盛り上がってゆく。アルバムのプロデュースはゼブ・フェルドマン。ジャズの世界では多くの好音源の発掘が続けられているものの、ホレス・シルヴァーの未発表演奏はほとんど発掘されてこなかったので、このリリースは大きな驚きであり、喜びでもある。CDももちろん良いが、ここはブルーノートのLP盤で良き時代の音楽にたっぷり浸りたい。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。