田園都市線の溝の口駅から10分ほど、駅前の雑踏から少し離れた閑静で明るい街並みを歩いて、久しぶりにオーディオ・ノートの試聴室を訪ねた。静かな住宅街にある社屋の2階にある試聴室に入ると、ぐっと静謐さが際立つ。ここのシステムで聴いてみたい高音質ソフトを何枚か持参。やはり超弩級のシステムで耳にすると感動とともに新たな発見もあって、いつまでも聴いていたい気持ちになってくる。今回は持参したLPのうち、3枚の印象を記してみる。試聴に使ったシステムはプレイヤーがターンテーブルGINGAでトーンアームはSME製 Kondo V-12、カートリッジIO-X、昇圧トランスSFz、フォノイコライザーGE-10、プリアンプG-1000、パワーアンプKagura2、スピーカーB&W 801D。トーンアームとスピーカー以外は、すべてオーディオ・ノート社製である。
「ボヘミアン・ラプソディ 50周年記念エディション(45回転 12吋シングル カラー・ヴァイナル)/クイーン」
(ユニバーサルミュージック UIJY-75356)
ロック・バンド“クイーン”の名を決定づけただけでなく、彼らの本当の音楽的実力をいやが上にも見せつけた1975年の名盤「オペラ座の夜」(A Night at The Opera)。その中核をなしていた<ボヘミアン・ラプソディ>が、発売50周年を記念して12吋カラー・ヴァイナル、45回転のシングルLP盤でリリースされた。フレディ・マーキュリーが書いた傑作曲。バラードからオペラ仕立て~ハード・ロックへと進んでゆく6分に及ぶ構成。ポップ曲の概念を覆すようなクイーン・サウンドの万華鏡を浴びるように味わえるのではと考えて持参した。
僕の持っているのは2015年の“レコード・ストア・デイズ”の為に限定5000枚プレスされた時のものだが、昨年(2025年)暮に“ボヘミアン・ラプソディ50周年”を記念して再プレスされた。若干のバランスの違いがみられるものの、やはり45回転盤の威力は凄まじいものがあって、リアリティあふれる<ボヘミアン・ラプソディ>を体験することができた。フレディ・マーキュリー、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラーのボーカルが生々しいだけでなく、いっそうソリッドに定位がピタリと決まっている。とくに中間部のオペラ・パートは圧倒的で、バンドの意図したとおりに鮮やかに再生された。100数十回もボーカルのオーバーダビングをおこなったといわれるコーラスの華麗なボリューム感も強力。SACDも持っていって聴き比べてみたが、やはり45回転シングルLPは世界が違った。音溝をたっぷり切っているところから、音のメリハリ、音場の広がりが明らかに優れている。アナログ・テープからアビー・ロード・スタジオで新たにリミックスしたあとカッティングがおこなわれていて、50周年盤はブルー・ヴァイナル仕様になっているのも嬉しいところだろう。
「Lullaby for a Monster/デクスター・ゴードン」
(Steeplechase LP G-1156)
モダン・テナーの巨人、デクスター・ゴードンが1976年にニールス・ペデルセン(ベース)、アレックス・リール(ドラムス)を従えて、デンマークのスティープルチェイス・レーベルに吹き込んだトリオ演奏。LPが世に出たのは81年のことだったが、今回試聴したのはオリジナル盤でなく、“Audiophile Edition”として再発された最新のLP盤。
ゴードンはいくつもの素晴らしい作品を残してきているものの、ほとんどがカルテットやクインテットによる演奏で、ピアノレス・トリオによるアルバムは珍しい。バックにコード楽器がない分だけ自由で、ゴードンはいっそうのびやかにメロディーを歌い上げている。自作曲<ナースリー・ブルース>(Nursery Blues)はハッピーなテーマもさることながら、ユニゾンでメロディーを弾いてゆくペデルセンの強靭なベース・トーンが強く印象にのこった。そのペデルセンが書いたタイトル曲<ララバイ・フォー・ア・モンスター>やスタンダード曲<オン・グリーン・ドルフィン・ストリート>をはじめ、すべての曲でペデルセンがゴードンに絡みつき、鮮やかなソロも存分に聴かせて、もうひとつの魅力を放っている。180g重量盤LPだからこその芯の太い音質。シンプルな編成だけに、オーディオ的にも3人の存在感がいっそうくっきり浮かび上がって、スタジオの空気感までが鮮やかに再現された。
「恋とボサノバの夜/ジョージ・ガゾーン・アンド・トリオ・ダ・パズ」
(ヴィーナスレコード 2枚組LP VHJD-344)
サックス奏者として、また音楽教師としても多くの名プレイヤーを育ててきたジョージ・ガゾーン(George Garzone)が、ブラジル生まれのギタリスト、ホメロ・ルバンボ(Romero Lubambo)率いる“トリオ・ダ・パズ”と共演した美しいジャズ~ボサノバ・アルバム。これまでにCD、SACD、LPなどでリリースされてきたものの、今回聴くのは“ヴィーナス・ハイパー・マグナム・サウンド・マスターピース・コレクション”の2枚組LP。
まずは一曲目、アントニオ・カルロス・ジョビンが書いた<フェリシダージ>から、さわやかな風が吹き抜けてゆくようにボサノバの空気感がゆったりと広がってゆく。ルイス・ボンファ作<ジェントル・レイン>やエドゥ・ロボ<さよならを言うために>(Pra Dizer Adeus)、ふたたびジョビンの<愛の語らい>(Falando de Amor)などの秘曲が続き、心地よい時間が流れてゆく。たっぷりサブ・トーンを含んだガゾーンの味わい深いテナー・トーン。ルバンボのアコースティック・ギターの美しい響き。さりげない中に、思わず時を忘れて聴きいってしまうようなお洒落な音空間。オリジナルCDは10曲入りで、旧LPでは3曲がカットされていたが、本盤はLP2枚組でCDの全曲が収録されている。スペースを生かした贅沢なカッティングと相まって、いっそうマスターに近いリアリティをもった響きを耳にすることができた。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。