第九十五回
2025年の私的ベスト・ジャズ・アルバム

2025.12.01

文/岡崎 正通

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今年も数々の新しいアルバムをつうじて、現代ジャズの素晴らしさを楽しむことができた。そんな中から、個人的にも良く聴いたベスト・アルバムを挙げてみる。ジャズは多様な展開をみせているので、ほかにも忘れがたい作品はいくつもあるのだけれど、この3枚は誰にも楽しく、今日のジャズの醍醐味を味わうことのできる優れたものだと思う。

♯307 地熱のように熱いブランドンのトランペット・プレイ

For The Love of It All/Brandon Woody

「For The Love of It All/Brandon Woody」
(輸入盤 Bluenote 00602475477754)

近年に注目を集めるようになった若手トランペッターの中にあって、ブランドン・ウッディはピカ一的な存在。ボルティモア生まれで地元を中心にプレイを続けていて、今年(2025年)5月にブルーノート・レーベルからリリースされたのが「For The Love of It All」である。ブランドンが結成していた“UPENDO”のメンバーとの録音であるところから、これは“普段着のブランドン”ということもできるが、この演奏には彼の素晴らしい音楽的実力がストレートに現れている。

輝かしい音色をもっているだけでなく、ブランドンのトランペット・プレイは黒人ジャズに特有のパワーとエネルギーに溢れており、彼の楽器からは地熱のように熱いフレーズがほとばしり出て尽きることがない。それは往時のフレディ・ハバードやウディ・ショウ、チャールス・トリヴァーを彷彿させるものでもあるが、いっぽうで彼の演奏には今日的なバランス感覚があり、ひとつひとつのオリジナル曲を立派に構成された作品として聴かせてゆくあたりにブランドンの現代性をみる思いがする。4人編成のバンドの響きを重視しながらも、全編にわたってリーダーのソロ・プレイだけが大きくフィーチュアされるという流れも異色。バンドの強靭な意志を感じさせるオープニング曲<Never Go Runaway>からラストの<Real Love Part1>までの6曲を一気に聴かせてしまう。アルバムが発売になった直後には来日して“ブルーノート”でもホットなステージを展開。これからがますます楽しみな俊才のデビュー作である。

♯308 フレッシュな切り口で迫るサリヴァン・フォートナーの新作

Southern Nights/Sullivan Fortner

「Southern Nights/Sullivan Fortner」
(輸入盤 ARTWORK RECORDS ARTR0011CD)

ニューオルリンズ生まれのピアニスト、サリヴァン・フォートナーの演奏には、いつも新鮮な驚きがある。どこかにジャズの伝統を感じさせながらも、予想できない切り口で飛び出してくる即興的なフレーズ。趣向の凝らされたハーモニー、両手の細やかな動きは、これまでの誰にもないような面白さをもっている。いま38才になるサリヴァンの、これはトリオによる5枚目のリーダー作。

浮き立つようなビートから心地よいグルーヴが広がってゆくタイトル曲<Southern Nights>はニューオルリンズ生まれのピアニスト、大物プロデューサー、ソングライターのアラン・トゥーサンの曲で、アルバムのコンセプトを集約しているようなナンバー。コール・ポーターの名曲<I Love You>の小気味よく、斬新きわまりない解釈。一転してラテン曲<Tres Palabras>に漂う豊かな詩情。ビル・リーが書いた、こよなく美しいバラード<Again, Never>など、どれもが個性的な聴きどころをもっていて、とてもフレッシュに響く。ジャズ・ピアノの表現にはまだまだ無限の可能性が秘められていることを感じさせる「Southern Nights」。そんなサリヴァンの指先が見えるような録音の素晴らしさも特記すべきものがある。

♯309 現代に蘇る「レディ・イン・サテン」

Lady in Satin/Kandace Springs

「Lady in Satin/Kandace Springs」
(輸入盤 Outside in Music OUIA-2513)

不世出のシンガー、ビリー・ホリデイが最晩年に残した名盤に「レディ・イン・サテン」がある。1959年に亡くなった彼女が、亡くなる前の年に吹き込んだもので、体調もすぐれず、声の輝きも失われていたものの、心の底から歌ってゆくビリーの表現にはテクニックなどを超えた凄味があって、その孤高の歌声は多くの人々を惹きつけてやまないものがあった。そんなビリーの録音から65年を経た2023年、ソウルフルな歌声を聴かせる実力派シンガーのキャンディス・スプリングスが「レディ・イン・サテン」のナンバーばかりを、ビリーへの深い尊敬の念を込めて歌いこなしている。

今36才のキャンディスもまたビリーに影響を受けているものの、彼女はあくまで現代のシンガーとしてのセンスで表現していて、深い味わいをもちながらも素直に今日のヴォーカルを聴かせてゆくのに、とても好感がもてる。録音がおこなわれたのは、ポルトガル北部の都市、ポルトの近くにある“オーディトリオ・デ・エスピーニョ・アカデミア”。ビリーのオリジナルは大編成のオーケストラをバックにしていたので、ここでも若手のディオゴ・コスタ(Diogo Costa)の指揮するオーケストラがキャンディスのバックを美しく彩っている。<You Don’t Know What Love is><I’m a Fool to Want You><But Beautiful>をはじめとする名バラードばかりを、豊かな情感を込めて歌ってゆくキャンディス。ビリー・ホリデイの名盤に真正面から挑む心意気もさることながら、アクの強いビリーとは違う立派な現代のヴォーカル作品として再創造してみせたところに、キャンディスの真の実力をみる思いがした。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。