第五十四回
高音質アルバムで聴く〝夏の日への想い〟

2022.7.01

文/岡崎 正通

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毎年、この季節には“夏のアルバム”を多くとりあげてきたように思う。夏の日の強い陽ざしや、夜のそよ風が、音によるイマジネイションを増幅させるからだろうか。今年も、そんな夏のアルバムを3点。とびきりのアフロ・キューバン・ジャズと、クラシックの名品2曲を選んでみた。

♯184 ブライアン・リンチによる爽快なアフロ・キューバン・ジャズ

ボレロの夜/ブライアン・リンチ・アフロ・キューバン・ジャズ・オーケストラ

「ボレロの夜/ブライアン・リンチ・アフロ・キューバン・ジャズ・オーケストラ」
(ヴィーナスレコード SACD VHGD-33)

トランペッターのブライアン・リンチを中心にしたアンサンブルに、ふたりのパーカッション奏者を加えた情熱的な演奏で、暑い夏に聴くにはぴったりの爽快なアフロ・キューバン・ジャズ・アルバム。リーダーのブライアン・リンチはジャズ・メッセンジャーズの最後のレギュラーをつとめたトランペッター。実力派のメインストリーマーとして名を上げるいっぽう、80年代にニューヨークへ出てきた頃から多くの一流ラテン・ジャズ・バンドに加わってプレイをおこなってきた。2008年に吹き込まれた本作は、そんなリンチのラテン・ルーツが存分に発揮された作品。

タイトルにあるように“ボレロ”のリズムが基本になっていて、躍動感あふれるリズムとラテンの哀感が交錯するロマンティックな演奏が繰りひろげられてゆく。5本の管楽器の重厚なアンサンブルとともに、どこまでもメロディーの美しさを前面に押し出してゆくブライアン・リンチのプレイ。<アフィンケ>のようなオリジナルはもとより、チャールス・ミンガスが書いた<セリア>、マル・ウォルドロンの<ファイア・ワルツ>のようなジャズ曲をハッピーなラテン・ジャズに変えてみせるあたりも、リンチならではの楽しいアイディアと言えるだろう。さらにエキゾチックな<デライラ>や、スタンダード曲<アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー>のロマンティックなアレンジ。3曲には名手フィル・ウッズがゲスト参加して、流麗なアルト・サックス・ソロを繰りひろげてみせる。もうひとつ注目すべきは録音の素晴らしさで、各々の楽器が明瞭に分離しながらも、音楽的に一体になったグルーヴで迫ってくる。パーカッションの音も、ひとつひとつがじつに生々しく、オーディオの醍醐味を味わうことが出来る一枚と言えるだろう。

♯185 ロドリーゴによるギターのための幻想曲

ホアキン・ロドリーゴ~ある貴紳のための幻想曲、アランフェス協奏曲/ナルシソ・イエペス~ガルシア・ナバロ指揮、イギリス室内管弦楽団

「ホアキン・ロドリーゴ~ある貴紳のための幻想曲、アランフェス協奏曲/ナルシソ・イエペス~ガルシア・ナバロ指揮、イギリス室内管弦楽団」
(ユニバーサルミュージック SACD UCGG-9521)

ホアキン・ロドリーゴの「ある貴紳のための幻想曲」を聴くと、暑い夏の風景が浮かんでくる。とくに夏の曲というわけではないのに“夏”を連想させるのは、少し前の夏に南スペインを旅した時の風景の数々が脳裏のどこかにあるからなのかもしれない。小さかった頃からギターの曲では<アルハンブラの思い出>(タレガ作曲)が大好きで、家にはスペイン・ギター界の巨匠だったアンドレス・セゴビアが弾いているレコードがあった。

「ある貴紳のための幻想曲」は、そのセゴビアからのオファーによってロドリーゴが書いた曲。アルハンブラ⇒セゴビア⇒ロドリーゴという流れが連想ゲームのように働いて、いつの間にか“夏の曲”というイメージが僕の中に定着してしまったのかもしれない。特に<エスパニョレータ>と名付けられている第2楽章は、もの憂い夏の午後の空気を感じさせる。この曲の基になっているのは17世紀に活躍したというギタリストで作曲家のガスパール・サンスによって書かれたメロディーで、そんな旋律をもとにロドリーゴが、ギターとオーケストラによる4楽章の組曲にまとめている。1970年代の後半に録音された本盤は、ロドリーゴの音楽の最大の理解者でもあったナルシソ・イエペスがギターを弾いている。イエペスは同じロドリーゴの名作「アランフェス協奏曲」を世に広めたことでも知られていて、これも「アランフェス・・」とのカップリング。CDも出ているが、ギターの音がいっそうの分離をもって届けられるSACDで楽しみたい。

♯186 ディーリアスならではの詩情あふれる世界

フレデリック・ディーリアス~夏の庭園にて/ジョン・バルビローリ指揮、ハレ管弦楽団

「フレデリック・ディーリアス~夏の庭園にて/ジョン・バルビローリ指揮、ハレ管弦楽団」
(ワーナーミュージック TOGE-15081)

淡い水彩画を見るようなフレデリック・ディーリアスの音楽。柔らかな弦のハーモニーとともに奏でられるフルートやクラリネットなどの木管楽器の旋律が、次々に浮かんでは消えてゆく。独自の様式美をもったディーリアスならではの詩情あふれる世界が美しい「夏の庭園にて」は、パリの南東に位置するフォンテーヌブロー近くの村、グレ=シュール=ロワンの邸宅の美しい庭と、近くに流れるロワン河の美しい情景からインスピレイションを得て書かれた作品。

ディーリアスはイギリス、ヨークシャー州の生まれであるが、1903年に結婚してからは、この地に住んでいた。いかにもディーリアスらしい優雅な香りをたたえた響きとともに、ゆったりと時間が流れてゆく。やはりロワン河の情景を描いた「川の上の夏の夜」も収録。同じイギリス生まれで、20世紀のイギリスを代表する指揮者のひとりだったジョン・バルビローリは、生涯にわたってディーリアスの音楽を愛し続けたことでも知られていて、晩年のこの録音でも最良の表現を聴かせてくれる。上記のSACD盤がベストの音質と思うが、廃盤になってしまっており、現在はタワーレコードからの3枚組「ディーリアス:管弦楽作品集」(TDSA-218)で聴くことが出来る。これもSACDハイブリッド盤で、音質的にも甲乙つけがたいほど素晴らしい。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。