第五十三回
オーディオ・ノートの試聴室で聴かせていただいた〝音〟の数々

2022.06.01

文/岡崎 正通

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以前にオーディオ・ノートの試聴室を訪ねてから、ずいぶん時が流れてしまった。伺うのは久しぶりという気持ちとともに、時の流れの速さも実感したような瞬間でもある。試聴室のアコースティックは、さらにチューニングを重ねたようで、響きに温かみが加わってきているような印象を受けた。正面に置かれたモノラルアンプの最高峰、2台の“Kagura2”が、B&Wの3ウェイ・ユニットを楽々とドライブする。今回もいくつかのLPとCDを持参して聴かせていただいたのだが、CDはもちろんのこと、アナログ・プレイヤー“GINGA”とIO-Xカートリッジ、フォノ・アンプGE-10で聴いたアナログLPの音も格別のものがあった。

♯181 ピーターソンの諸作の中でも屈指のライブ・アルバム

ア・タイム・フォー・ラヴ/オスカー・ピーターソン・カルテット・ライブ・イン・ヘルシンキ1987

「ア・タイム・フォー・ラヴ/オスカー・ピーターソン・カルテット・ライブ・イン・ヘルシンキ1987」
(Mack Avenue CD ⇒ MAC-1151, LP ⇒ MAC-1151 LP)

最高のモダン・ピアニストだったオスカー・ピーターソンが1987年、カルテットを率いてフィンランドのヘルシンキでおこなったエキサイティングなステージの音源が発掘されて、CD(2枚)とLP(3枚)で昨年暮にリリースされた。LPを持参したのだったが、このLPはブルーのヴァイナル仕様ということもあって、“GINGA”のターンテーブに乗ると、ひときわ美しく映える。演奏の中味も文句なしに素晴らしい。このときピーターソンはすでに還暦を過ぎていたが、まさに絶好調! テクニックの衰えなどはまったくなく、感興のおもむくままにダイナミックなスイングを聴かせ、圧倒的なプレイを繰りひろげてみせる。こんなに乗りに乗ったピーターソンのプレイも珍しいと思わせるほどの迫力とともに、あらためて彼の凄さを見せつけられた感がある。この時のヨーロッパ・ツアーは10月21日のジュネーヴから始まってドイツ、フランス、ベルギーから北欧を回り、ヘルシンキの“文化の家”でおこなわれた本ライブがファイナル・ステージとなった。前半はピーターソン自身が書いたオリジナル曲を演奏。後半はお馴染みのスタンダード・ナンバー中心という構成がとられている。まずは一曲目の<クール・ウォーク>。静かな感じでテーマが弾かれたかと思うと、いきなり乗ってくるピーターソン。あとは快調に飛ばしてゆくが、自作の<ラブ・バラード>を挟んだりして、チェンジ・オブ・ペースも忘れない。

もうひとつの聴きどころがギタリスト、ジョー・パスのプレイで、豊かな歌心とともに超絶テクニックで迫り、ピーターソンと丁々発止、わたり合ってゆくのが最高にスリリングである。アルバム・タイトルになっている<ア・タイム・フォー・ラブ>は、パスとピーターソンによるデュオ演奏。ほかにも有名な<ワルツ・フォー・デビー>をピーターソンがソロで演じれば、<星に願いを>をパスがソロで応えるなど、ライブならではの楽しい演出も盛り込まれている。傑作が目白押しのピーターソンのアルバム中でも、屈指のものといえるコンサート・ライブ作品ではないだろうか。

♯182 往時のジャズ・レジェンドへの敬意が込められた、エキサイティングな一枚

フォー・ジミー、ウェス&オリヴァー/クリスチャン・マクブライド・オーケストラ

「フォー・ジミー、ウェス&オリヴァー/クリスチャン・マクブライド・オーケストラ」
(Mack Avenue CD ⇒ MAC-1152, キング・インターナショナル KKE-109, LP ⇒ MAC-1152 LP)

今日のジャズ界をリードする屈指のベーシスト、クリスチャン・マクブライドのビッグ・バンドとコンボによるホットな演奏が収められている。タイトルからも分かるように、往年のジャズ・レジェンドであるジミー・スミス、ウェス・モンゴメリー、オリヴァー・ネルソンに捧げられたアルバム。ジミーとウェスのふたりは1966年、ネルソンのアレンジのもとで「ダイナミック・デュオ」「ファーザー・アドベンチャーズ・オブ・ジミー&ウェス」をヴァーブに録音。それらは白熱のオルガンとギター・プレイがフィーチュアされた最高にエキサイティングな演奏として、いまなお語り継がれる名盤となっている。

そんな作品に思いを馳せながら、ここでオルガンをプレイするのはジョーイ・デフランセスコ、ギターはマーク・ホイットフィールド。現代のトップ・プレイヤーたちによるプレイは、良き時代のジャズの伝統を感じさせながらも、とてもフレッシュ。旧アルバムに含まれていた<ナイト・トレイン><ロード・ソング><ダウン・バイ・ザ・リバーサイド>などの名曲が、今日に蘇っている。もちろんクリスチャンやジョーイらによる新曲もプレイされる。これもぜひアナログLPで味わいたい一枚。

♯183 ボブ・ジェームスにわるセルフ・カヴァー・アルバム

フィール・ライク・メイキン・ライブ/ボブ・ジェームス

「フィール・ライク・メイキン・ライブ/ボブ・ジェームス」
(Evosound EVSA-852S)

フュージョン界を代表するキーボード・プレイヤーとして、長い間にわたって活躍を続けてきたボブ・ジェームス。そんなボブ・ジェームスの最新作は、これまでの彼自身によるヒット曲、代表曲を演奏したセルフ・カヴァー・アルバム。ベースのマイケル・パラゾッロ(Michael Palazzolo)、ドラムのビリー・キルソン(Billy Kilson)を従えたトリオで、ジェームスはアコースティック・ピアノ、フェンダー・ローズ・エレクトリック・ピアノとシンセサイザーを弾き分ける。往年の名作「タッチダウン」からの<アンジェラ>や「ワン」からの<愛のためいき><ノーチラス>、「スリー」からの<ウェストチェスター・レディ>をはじめ、親しみやすいメロディーが心地良い響きとともに流れてゆく。ほかにエロール・ガーナーの名作<ミスティ>や、エルトン・ジョン<ロケット・マン>のカヴァーも含まれる。

さらに注目すべきは“究極”ともいえる音質へのこだわり。ハイレゾによる一発録りで、編集などはいっさいおこなわれていない。オーディオ・ノート社の試聴室に持参したのはSACD盤であるが、同じマスターからエンコードされたMQA-CDやLPのほかに、将来を見据えてリマスタリングされたイマーシヴ・オーディオが収録されたビデオなど、多彩なフォーマットが用意されている。現在82才になるボブ・ジェームスによる、いっそう練り上げられたサウンドを耳にすることのできる美しいアルバム。オーディオ的にみても要注目作品だ。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。