第五十五回
オーディオ・ファン向けの優秀録音・リマスタリング・アルバム

2022.8.01

文/岡崎 正通

オーディオ・マニアのために企画され、制作されたスペシャルなアルバムの数々。評判の良いエソテリックのシリーズからショパンのリマスター復刻アルバムと、ジャズ・オーディオ・ファン向けに優秀録音を集めたコンピレーション作品を聞いてみる。

♯187 最高にロマンティックなピリスのショパン

ショパン~夜想曲集/マリア・ジョアン・ピリス

「ショパン~夜想曲集/マリア・ジョアン・ピリス」
(エソテリック ES-90260)

柔らかなマリア・ジョアン・ピリスの表情から、ショパンのロマンティシズムがいっぱいに広がってゆくような美しい演奏。ポルトガルのリスボンに生まれて世界的なピアニストになったピリスによる1995年から96年にかけてのショパン演奏で、年齢的にはピリスは50代にさしかかっていた。ショパンのピアノ曲といえばルビンシュタイン、ホロヴィッツ、アシュケナージをはじめとする大巨匠たちの名演にも親しんできたが、このピリスの「夜想曲」には彼女の円熟ぶりも良く表れていて、デリカシーあふれる詩情あふれる響きが最高だ。

わずか39才の若さで世を去ってしまったショパンが、生涯をとおして折にふれて書きとめてきた「夜想曲」。全部で21曲からなる作品は自由な流れをもっていて、メロディーの美しさはもとより、内面的な情感を映し出すようなものから激しいエモーションの表出をみせるものまで多種多様。全21曲のうち、ここでは15曲が選ばれ、新たなマスタリングをおこなったものが、この6月に発売になった。バレエ曲“レ・シルフィード”に転用された<第10番>が欠けているのは惜しいが、全21曲を聴くのであれば、2枚組の通常盤が出ている。リマスタリングによって、ピリスのタッチがより明瞭に届くとともに、ダイナミズムも増している。“マスター・サウンド・ワークス”と名付けられたエソテリック盤は、SACD層とCD層のハイブリッド構造になっていて、一枚でふたつの味が楽しめる。双方の音質の微妙な違いを味わうというのも、オーディオ・マニアならではの愉しさだ。

♯188 高次元のバランスのとれた響きを聴くべき、オーディオ・マニア向けアルバム

For Jazz Audio Fans Only 15th Anniversary Best

「For Jazz Audio Fans Only 15th Anniversary Best」
(寺嶋レコード TYR-1104)

寺嶋レコードが毎年リリースしてきたオーディオ・マニア向けのコンピレーション作品。ちなみに「Vol.1」が出たのは2008年のことで、そんなシリーズの15周年を記念して発売になったのが本ベスト・アルバム。“ジャズは音で聴け!”というコンセプトのもと、とびきりの優秀録音・演奏ばかりが収められている。それぞれの楽器の分離が良く、きちんと定位することから高次元のバランスのとれた響きが生み出されてゆく。一曲目の<バラの刺青>。ペリー・コモが歌ってヒットした往年の名バラード曲を、テナー・サックスのハリー・アレンが哀愁たっぷりに吹いている。ソフトでクリアーなギター・トリオをバックに、オーディオ的に言えばハリーのテナーが目の前に浮かび上がる。まるで生でアレンが吹いているようなリアルな響き。同じテナーでは、デンマーク人のヤン・ハルベックが演奏する<小さな花>や、ケン・ペプロウスキーの<メイビー・セプテンバー>でも、サブトーンがたっぷり効いたプレイが楽しめる。

いっぽうピアノ・トリオ演奏ではベーシスト、ドラマーが広いレンジの中に定位するとともに、シンバルのデリケートな質感が見事に表現されているものが多い。クリスチャン・ヴァンダー・ゴルツ・トリオ<プレイズ>(Praise)の引き締まったベース・ソロの音にも驚嘆! 演奏メンバーの国籍も多種多様で、さまざまなタイプの曲が入っているものの、リマスタリングによって音の質感に統一が感じられることも、本コンピレーションの価値をいっそう高めるものとなっている。

♯189 エネルギーとパワーを強烈に感じる個性的な音創りを味わうべき一枚

フォー・ジャズ・オーディオ・コニサー~ヴィーナス・ベスト・オブ・ベスト

「フォー・ジャズ・オーディオ・コニサー~ヴィーナス・ベスト・オブ・ベスト」
(ヴィーナスレコード SACD VHGD-304)

ジャズのもつ力強いエネルギーを前面に押し出してゆく個性的な音創りでもマニアの心をとらえてきたヴィーナスレコード。“ハイパー・マグナム・サウンド”を標榜し、パワーと熱気あふれるヴィーナスの音創りは、ある意味で上記の寺嶋レコードとは対照的なものと言って良いかもしれない。そんなヴィーナスの膨大なカタログの中から音質重視で選曲、リマスタリングされたベスト・アルバムが「フォー・ジャズ・オーディオ・コニサー」と名付けられている本作品。ヴィーナスには「アメイジングSACD~スーパー・サンプラー」という同様のコンピレイション・シリーズがあって、現在Vol.1からVol.24までがリリースされているのだが、2018年9月に出た本作は、それらの集大成ともいうべき内容になっている。

お洒落な中にも芯の太さをもつビル・チャーラップのピアノ・タッチ、図太い音色で迫るベースのジェイ・レオンハート。可憐さがこぼれるニッキ・パロットの歌声。凄味すら感じさせるアーチー・シェップの叫びにも似た<クライ・ミー・ア・リバー>。日本ジャズの金字塔的な“富樫雅彦&J.J.スピリッツ”が演じる<オール・ザ・シングス・ユー・アー>。どれもが名演というだけでなく、オーディオ的にもヴィーナスレコードの熱い思いを感じさせるものばかりである。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。