第五十回
こだわりのアナログLPレコードを聴く

2022.03.01

文/岡崎 正通

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アナログ・レコードのブームが続いている。新作がCDだけでなく、同時にアナログ・レコードで発売されるケースも多くあるようだ。音楽を楽しむだけならCDで充分だと思うし、今は配信でも多くを聴くことができるが、アナログLPの音には独特な温かさがあり、アルバム・ジャケットのサイズも大きいので“モノ”としての価値を強く感じることができる。そんな“モノ”としての価値にこだわった最新のアナログLPレコードを取り上げてみたい。

♯172 アデルのベストセラー・アルバムをLPで聴く

30/アデル

「30/アデル」
(ソニーミュージック SIJP-113~114)

デビュー・アルバム「19」でグラミー賞の最優秀新人賞と最優秀女性ポップ歌手の2部門を獲得して以来、多くのグラミーに輝いて受賞歴を塗り替えてきたアデル。現代のポップスを代表するシンガー・ソングライターとして君臨する彼女の4枚目のアルバム「30」が昨年末に届けられた。コロナ禍にあってリリースが延びてしまっていただけに、待ちに待ったという感じの6年ぶりの作品。イギリス、アメリカをはじめ、世界34か国のチャートで初登場1位に輝き、Spotifyでも、全世界でもっとも再生されたアルバムの記録を作っている。

そんな彼女の最新作「30」を、ソニーミュージックから発売になった2枚組LPで聴く。アデルの書く曲は、自らの人生や恋愛経験などを飾らずに綴ったものが多い。今回のアルバムでは、離婚や母親としての思いが語られていて、いっそう感情的に生々しいものがある。“メッセージを伝えるのでなく、自分が今、歌いたいものをリリックした”と彼女が言うように、その表現はとても素直でエモーショナル。別れた夫への思いを歌った<イージー・オン・ミー>をはじめ、人生のネガティブな部分や人間としての弱みも強さに変えて歌うのが、多くの人々の共感を呼ぶところでもあるのだろう。そして繊細で力強い抜群の歌唱力! このLPは、美しいアルバム・カヴァーを大きなサイズで手にすることができるのが魅力。“輸入盤 国内流通仕様”と名付けられていて、輸入盤と同じ作りだが、ソニーの国内工場でプレスがおこなわれており、盤質もとてもいい。

♯173 哀しみから希望へ! アヴィシャイの自由なトランペットの響き

ネイキッド・トゥルース/アヴィシャイ・コーエン

「ネイキッド・トゥルース/アヴィシャイ・コーエン」
(ECM 4505365)

ECMレーベルの新作も、CDとLPのフォーマットで同時に発売されるものが多いようだ。今年(2022年)2月にリリースされたばかりのアヴィシャイ・コーエンのアルバムをLPで聴いてみる。アヴィシャイはテルアビブに生まれて、ニューヨークの第一線で活躍するトランペッター。同名のベーシストも有名で2019年11月(♯70)に紹介しているが、トランペットのアヴィシャイのほうが8才若い。

そんなアヴィシャイによるストレート・アヘッドなワン・ホーン・アルバム。簡単なスケッチをもとに、すべてが即興で演じられる曲目は“Part1~8”となっていて、とくにタイトルは付いていない。即興といっても、もの哀しいモチーフをテーマに自由な展開が聴かれる美しい演奏ばかりで、コロナ禍で抑圧された人々の悲しみ、やるせない憤りといった心情が込められているようにも思える。透明でありながらも、どこか曇った感じのトランペットの響き。愁いを含んだミュート・プレイ。そして悲しみから希望へとメロディーを吹き上げてゆくアヴィシャイのシャープなトーンが心に突き刺さる。長い間にわたって共演をおこなってきたピアニスト、ヨナタン・アヴィシャイをはじめ、カルテットのメンバーが、リーダーの放つ一音一音に敏感な反応をみせてゆくのも素晴らしい。CDでも十分に楽しめるが、質の良いドイツ・プレス盤LPで耳にするというのは、この上ない贅沢だ。

♯174 趣味の良いヒギンズのピアノ・タッチを楽しむ

ベッドで煙草はよくないわ/エディ・ヒギンズ・トリオ

「ベッドで煙草はよくないわ/エディ・ヒギンズ・トリオ」
(ヴィーナスレコード VHJD-212)

ヴィーナスレコードを代表するピアニストだったエディ・ヒギンズが2000年に吹き込んだ「ベッドで煙草はよくないわ」が、今月LPでリリースになる。もともと録音が優れていることでも定評のあるヴィーナスレコードの作品をアナログLPで楽しむのは、オーディオ・ファンには大きな喜びであるに違いない。ギターとベースを従えたトリオによる演奏で、アコースティックな響きの中からヒギンズの趣味の良いタッチが浮かび上がる。

演奏されるレパートリーは、ペギー・リーの名唱で知られる<ブラック・コーヒー>やタイトル曲をはじめ、<クローズ・ユア・アイズ><ゴールデン・イヤリング>など、極上のスタンダード曲ばかり。ヒギンズを中心にした美しいトリオの響きから、ロマンティックな香気がいっぱいに立ち込めてくる。ヴィーナスの作品は、ジャケットの美しさも魅力。このアルバムなど、やはり質感のあるLPジャケットとともに楽しみたい。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。