第四十九回
音楽誌が選んだ〝2021年ベスト・アルバム〟を聴く

2022.02.01

文/岡崎 正通

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毎年、年の初めの音楽誌には、前年度の優れたアルバムが多く紹介されている。もっとも優れていると思われる作品に与えられるベスト・アルバム賞。ここでは「レコード芸術」「JAZZ LIFE」「JAZZ JAPAN」の3誌によって選ばれたベスト作品を、あらためて聴いてみることにしよう。

♯169 ピアノとオーケストラが同化してゆくような美しい演奏

ブラームス~ピアノ協奏曲第1番&第2番/アンドラーシュ・シフ、エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団

「ブラームス~ピアノ協奏曲第1番&第2番/アンドラーシュ・シフ、エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団」
(ECM ⇒ ユニバーサルミュージック UCCE-2095~6)

「レコード芸術」誌が毎年選定している“レコード・アカデミー賞”も1963年から回を重ねて59回を迎えた。クラシックのベスト・アルバムを選ぶ由緒ある賞の大賞に選ばれたのは、ピアニストのアンドラーシュ・シフが弾き振りで演じた“ブラームスのピアノ協奏曲”。ブラームスの2つのピアノ協奏曲は書かれた年代も離れているが、いずれも50分近くの長さをもっている大曲。ピアノ付きの交響曲と言えるほどの壮大で変化にとむ内容をもつものだけに、ピアニストが弾きながらオーケストラを指揮する、いわゆる弾き振りで演奏されることは滅多にない。

ここでのアンドラーシュ・シフは、ブラームスの音楽の重厚さを意識することなく、古楽器グループのエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団とともに、しなやかな解釈を聴かせている。シフが弾いているブリュートナー製のピアノは1850年代、まさにブラームスが第1番を作曲した頃の楽器。柔らかな表情をもつピアノとオーケストラが同化してゆくような美しい演奏は、ブラームスのピアノ協奏曲に新しい光を当てた名作として永く聴き継がれるものになるだろう。

♯170 どこまでも艶やかで美しく、優しいアルト・サックスの響き

ジャズ&ボッサ~ライヴ・アット・サントリーホール

「ジャズ&ボッサ~ライヴ・アット・サントリーホール」
(ビクターエンタテインメント VICJ-61790)

半世紀以上にわたって日本のジャズ界をリードし続けてきたサックス奏者、渡辺貞夫が、昨年6月に“音楽活動70周年”を記念して開いたコンサート。東京のサントリーホールでのライブを収録したアルバム「ジャズ&ボッサ~ライヴ・アット・サントリーホール」が“JAZZ LIFE誌ディスク・グランプリ”で第一位に選ばれている。クインテットに16人編成の弦楽アンサンブルを配したゴージャスなステージ。弦楽器が奏でるソフトなハーモニーをバックに、のびやかにメロディーを歌い綴ってゆく渡辺貞夫のアルト・サックスの音色は、どこまでも艶やかで美しく、こよなく優しい。何という渋い輝き! ミュージシャンの発する楽器の音には、それぞれの人生、生きざまのすべてが反映されると言われるが、いかに彼が豊かで実り多い人生を歩んできたかがストレートに現れている美しい音楽である。

同時にそれは、長い間にわたって音楽に身を捧げてきた自身のキャリアを振り返るようでもあり、さらなる高みを目指して止むことのない音楽愛を示しているようでもある。そんなプレイを耳にして、尽きることのない情熱に、こちらも胸が熱くなる。“ジャズ&ボッサ”というタイトルからも分かるように、ジャズのスタンダード・ナンバーとオリジナル、そしてボサ・ノヴァ曲によって構成されたステージ。かつて日本でのボサ・ノヴァ人気の立役者のひとりとして活動した渡辺貞夫の姿を、なつかしく思い出すファンも多いことだろう。サントリーホールのアコースティックな響きの美しさをよく捉えている録音の素晴らしさも、特筆すべきものがある。

♯171 貴重な「至上の愛」ライブ演奏の発掘

至上の愛~ライヴ・イン・シアトル/ジョン・コルトレーン

「至上の愛~ライヴ・イン・シアトル/ジョン・コルトレーン」
(Impulse ⇒ ユニバーサルミュージック UCCI-1052)

「JAZZ JAPAN」誌によって“アルバム・オブ・ジ・イヤー:ジャズ部門”に選ばれた作品はピアニスト小曽根真の「60」だったが、このアルバムについては昨年11月(♯160)でご紹介しているので、ここでは“復刻部門”に選出されたジョン・コルトレーンのアルバムを挙げることにしよう。ジャズ・テナーの巨人、ジョン・コルトレーンが残した作品の中でも最高傑作のひとつとしてされている「至上の愛」(A Love Supreme)。承認(Acknowledgement)~決意(Resolution)~追求(Pursuance)~賛美(Psalm)と名付けられた4つのパートからなる組曲風の構成をもった作品は、壮大なスケールと深い精神性をもつものだけあって、滅多にライブ・ステージで演奏されることはなかった。現在までに分かっている記録によれば、人前で演奏されたのは4回のみ。

そんな貴重なステージを収めたテープが発掘されて、50数年の月日を経て陽の目をみることになった。オリジナルのスタジオ録音からほぼ1年経った65年10月に、シアトルのクラブ“ペントハウス”で繰りひろげられた演奏。この日の昼公演をつとめたジョー・ブラジルのオファーによって奇跡的に残されていたテープをもとに復刻がなされている。メンバーはコルトレーンのレギュラー・カルテットにファラオ・サンダースやカルロス・ワード、ドナルド・ギャレットが加わった7人編成。4つのパートの間には、それぞれ“インタールード”と名付けられた短いソロ・パートが置かれ、75分にわたって壮絶なプレイが切れ目なしに演じられる。お断りしておくが、2本のマイクだけで収録された録音の音質は、けっしてベストなものではない。楽器の音がオフになっていり、バランスが悪い部分も多くあるのだが、それらを含めて音楽が生み出してゆく物凄い熱量や、会場の熱い雰囲気がひしひしと伝わってくるのに圧倒される。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。