いつの時代にも心を癒してくれたイージー・リスニング・ミュージック。時代を超えて人生に安らぎを与えてくれるイージー・リスニングの逸品を、あらためて高音質盤で味わってみたい。
「クリス・ボッティVol.1」
(Bluenote ⇒ ユニバーサルミュージック UCCQ-1192)
アイルランド民謡<ダニー・ボーイ>のメロディーをストレートに吹き上げてゆくクリス・ボッティのトランペットの美しさに惹きつけられる。ポップス・アーティストとの共演も多い人気トランペッター、ボッティがお馴染みのスタンダード・ナンバーを中心に美しく歌い上げた2023年のバラード・アルバム。
のびやかで張りのある輝かしいトーン。そんな彼の確かな表現力は、ミュートをつけた<魅惑されて>(Bewitched)<トゥー・フォー・ザ・ロード><いつか王子様が>(Someday My Prince Will Come)などでも変わらない。“僕が好きな曲ばかりをプレイしたんだ”と語っているだけあって、曲のもっている味わいをストレートに生かしながらも、随所にボッティならではの心憎い気配りが感じられる演奏の数々。テイラー・アイグスティ(Taylor Eigsti、p)ヴィニー・カリウタ(Vinnie Colaiuta、ds)をはじめとするトップ・プレイヤーを従えたバランスの良いサウンド。<マイ・ファニー・ヴァレンタイン>ではクラシック音楽界を代表するヴァイオリニストのひとりであるジョシュア・ベルが参加して、素晴らしいコラボレイションを聴かせる。デヴィッド・フォスターのプロデュースになる完璧な音作り。SHM-CD仕様による高音質とともに、ジャジーな空気をもちながらもハイブロウな極上のイージー・リスニング・アルバムとして推薦したい。
「ザ・ゴールデン・ラヴ・サウンズ/ポール・モーリア100周年記念」
(ポニーキャニオン PCCY-60014)
イージー・リスニングと呼ばれる音楽にひとつの時代を築き上げたポール・モーリア。フランスのマルセイユに生まれて世界を席巻していったポール・モーリアが存命ならば、今年は100才というメモリアルな年にあたっている。そんな100周年を記念するかのようにポール・モーリアが残した名曲、ヒット曲ばかりが、音質にこだわったSACDハイブリッド盤としてリリースされた。彼らのトレードマークといえる68年の大ヒット曲<恋はみずいろ>(Love is Blue)や<涙のトッカータ>(Toccata)、<エーゲ海の真珠>(Penelope)、<オリーブの首飾り>(El Bimbo)をはじめとする20曲。90年代に再録音されたものなので、その時点での新曲も含まれるが、どれもが時の流れの中で耳に親しんできたものばかり。もっとも音質を意識したことはあまりなかったし、SACD化されたのも今回が初めてのことのように思う。本SACDではいっそう低音が綺麗に下にのびるとともに、中音部も豊かなボリューム感をもって耳に届いてくる。トレードマークのストリングスが、より厚みをもって膨らんでくるし、曲によってはブラスも鮮烈に響いてくる。
現在、これらの音源はすべてデジタルマスターで保管されているが、今回は豊かな倍音成分を生かすためにテレフンケン、ハーフインチ・デッキを用いてアナログ・テープに移管。このアナログ・マスターから、あらためてマスタリングをおこなってデジタルマスターを制作している。そんなリマスタリング作業を経て生み出された本アルバム。あらためてポール・モーリアのオーケストレイションの個性を堪能できる。
「波(WAVE)/アントニオ・カルロス・ジョビン」
(A&M ⇒ ユニバーサルミュージック UCCU-46067)
ギターや管楽器のソフトなイントロに導かれるように、ジョビンのピアノが美しいメロディーを奏でてゆくタイトル曲の<波>。ボサ・ノヴァの生みの親のひとりであるアントニオ・カルロス・ジョビンが67年に吹き込んだ本アルバムは、スマートなサウンドの中にボサ・ノヴァのもっている哀感がブレンドされた美しいイージー・リスニング・アルバムである。
“イパネマの娘”や“デサフィナード”“ワン・ノート・サンバ”などのヒット作をはなって注目をあつめ、時代の寵児になっていたジョビンであるものの、ここではピアニスト、ギタリストとして持ち味を発揮。どこまでもさりげない彼のタッチは、そよ風のように優しく聴き手の心に寄り添ってくれる。そんなジョビンのプレイをクラウス・オガーマンの編曲によるストリングスが美しく包み込む。プロデュースをおこなったのはクリード・テイラー。ピート・ターナーの写真を用いた美しいアルバム・カヴァーとともに、世界中のリスナーにボサ・ノヴァの魅力をスマートに伝えた一枚。隅々にまで配慮の行き届いた仕上がりを、先日リリースされたばかりのUHQCD盤であらためて楽しみたい。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。