第五十八回
ベース音、再生の快楽

2022.11.01

文/岡崎 正通

Click here for English translation page...

オーディオ・マニアにとって“低音”の再生、とくにベースの音の再生は大きな楽しみのひとつであり、時としては悩みのタネになり得るテーマでもある。バンドの中軸になって音楽を推し進めてゆくベースという楽器。そんなベースの力強く、繊細でもある響きの魅力をよくとらえているアルバムを3枚選んでみた。演奏、録音ともに申し分のない3点である。

♯196 ヴィトゥスのベースのもつ豊かな表情が、適度な残響とともに美しく広がってゆく

モラヴィアン・ロマンス/ミロスラフ・ヴィトゥス&エミル・ヴィクリツキー

「モラヴィアン・ロマンス/ミロスラフ・ヴィトゥス&エミル・ヴィクリツキー」
(ヴィーナスレコードSACD VHGD-320)

チェコ共和国出身のスーパー・ベーシスト、ミロスラフ・ヴィトゥス。70年代に結成された初代“ウェザー・リポート”のメンバーとして注目されたあと、自身のプロジェクトやオーケストラとの共演など、幅広い活動をおこなって話題をあつめてきた。そんなヴィトゥスが同郷のピアニストで、チェコ・ジャズ協会のトップを数年にわたってつとめたエミル・ヴィクリツキーと繰りひろげたデュオ演奏。ヴィクリツキーはピアニスト、作曲家として幅広い活動をおこなういっぽうで、チェコの東部モラヴィア地方に古くから伝わる民謡のメロディーに深い関心をもって、次世代に継承してゆくこともライフワークとしておこなっている。そんなふたりの、たがいの音楽への共感がひしひしと感じられるデュオ・ステージ。単なる協調の域を超えて感情の交感がときに火花となり、美しく溶け合いながら流れてゆく。

演奏されるレパートリーは、伝統的なメロディーが多く、ヴィクリツキーはハーモニーに工夫を凝らして、現代の音楽として蘇らせてみせる。モラヴィアの哀愁がいっぱいに広がってゆくようなフォーク・メロディーの<ラブ、オー・ラブ>や<デザイアー>。クラシカルな響きをもっているヴィクリツキーのオリジナル<スイート・バジル><ハイランズ・ローランズ>。そして国民的な作曲家、ヤナーチェクの作品からの<シンフォニエッタ パート5>。

さらに注目すべきは、ふたりのプレイを生々しくとらえている録音の素晴らしさで、とりわけヴィトゥスのベースの力強い音色とテクニック、豊かな表情が目の当たりに展開する。2018年、モラヴィアの中心都市、ブルノで開かれたフェスティバルでのライブで、会場になったストリング・シアターのアコースティックな響きが、適度な残響とともに美しくとらえられている。CDも出ているが、これはぜひ高音質のSACDで楽しんでいただきたい。

♯197 ベーシスト、クリスチャン・マクブライドがみせる圧倒的な存在感

ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード/クリスチャン・マクブライド・トリオ

「ライヴ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード/クリスチャン・マクブライド・トリオ」
(Mack Avenue ⇒ キングインターナショナル KKE-052)

クリスチャン・マクブライドの作品は、今年6月にも紹介したばかり(♯182)。ニューヨークのクラブ“ヴィレッジ・ヴァンガード”で2014年の年末に録音された本アルバムは、マクブライドが結成したトリオによる第2弾。ピアノ、ベース、ドラムスという編成は通常のピアノ・トリオと同じであるが、リーダーがマクブライドとなると、まさに“ベース・トリオ”。彼のベースがバンドの推進力になって、メンバーを鼓舞しながらぐいぐい演奏を進めてゆくのが爽快!ソロイストとしてもリーダーとしても、マクブライドは圧倒的な存在感をはなっている。

そんなマクブライドに触発されるかのように、ピアノのクリスチャン・サンズが卓越したテクニックを駆使しながらクライマックスへと駆け上がる。超のつくアップ・テンポで乗りまくる<チェロキー>の乱れない流れ。マイケル・ジャクソン83年のアルバム「スリラー」に入っていた<ザ・レディ・イン・マイ・ライフ>。ローズ・ロイスのヒット曲<カー・ウォッシュ>では、ジェームス・ブラウンのマニアとしても知られるマクブライドが客席を煽って、楽しいファンク空間が現出する。華麗なテクニックとともに、マクブライドの生々しい指先の動きが見えるような迫真の響き。何よりも彼の体中から発散されてゆくグルーヴがもの凄い。

♯198 骨太のベース・プレイを聴かせる“ブランディD”

グラディチュード/ブランディ・ディスターヘフト

「グラディチュード/ブランディ・ディスターヘフト」
(Justin time Just247-2)

“ブランディD”こと、ブランディ・ディスターヘフトはカナダ、バンクーバー生まれの女性ベーシスト。2008年のデビュー作「Debut」が、いきなりカナダで“ベスト・ジャズ・アルバム賞に輝いて注目をあつめて以来、ニューヨークを中心に活動を続けている。そんな彼女のベースは、女性とは思えないほど骨太のトーンをもっていて、確かな手応えを感じさせる。

2013年にリリースされた本アルバム「グラディチュード」は、彼女にとって3枚目のリーダー作品。強烈なピチカットとアルコ(弓弾き)プレイも印象的な<ブルース・フォー・ネルソン・マンデラ>。躍動感あふれるグルーヴが味わえる<コンペアド・トゥ・ホワット>での弾き語りの妙。その名のとおりデューク・エリントンに捧げられた<ポートレイト・オブ・デューク>をはじめ、多くの聴きどころがある。ベーシストとしてはもちろんのこと、リーダー、コンポーザーとしての面も含めて、トータルな音楽家としてのブランディの個性が良く示されたアルバムになっている。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。