第四十三回
夏になると聴きたくなるアルバム、あれこれ ②

2021.08.01

文/岡崎 正通

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まだまだステイホームが続く中、朝から昼にかけてはクラシック音楽を聴くことが多い。夕方から夜にかけてはジャズやポップスを中心に聴いているような毎日。そんな中で昼間のクラシック・タイムはフィンランドの大作曲家、ジャン・シベリウスの音楽を集中して聴こうと思い立った。交響曲を中心にした何組かのセットが手元にある。集中聴きすることによって、シベリウスの音楽がもっている唯一無二の個性を再認識するとともに、あらためて彼の音楽の奥深さにひたることができた。

♯151 シベリウスを聴いて、北欧の冷涼な叙情にひたる

シベリウス/交響曲第4番~第7番、ほか~ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

「シベリウス/交響曲第4番~第7番、ほか~ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団」
(ユニバーサルミュージック UCGG9105~6)

暑い夏の日にシベリウスを聴く。北欧の冷涼な叙情にひたるのも悪くないと思ったりするが、シベリウスの交響曲は安易に人を寄せつけないような峻厳さももっていて、気楽に聴き流せるようなものではけっしてない。それでもこの清涼さはシベリウスならではの世界。そんな気持ちで毎日、7つの交響曲をさまざまな指揮者の演奏で聴いている。北欧の指揮者パーヴォ・ベルグルンドやパーヴォ・ヤルヴィ(オケはパリ管弦楽団)に始まって、名盤として知られるオットー・クレンペラー、レナード・バーンスタイン、コリン・デイヴィス、サイモン・ラトルなどを経て、やはりカラヤンに行き着く。カラヤンはシベリウスの良き理解者であり、探求者。晩年のシベリウスは、若きカラヤンのことを“私の音楽の最大の理解者”と言っていたらしい。

有名なのは第2番であるが、深遠なシベリウスの世界に浸るのなら、やはり後期の作品。とくに内面が深く昇華された6番や、たとえようもなく沈んでゆく7番は、生半可な気持ちで楽しめるものではないが、真摯に彼の世界に向き合うならば得難い感動を得ることができる。そんなシベリウスの精神性の奥まで分け入って、美しい叙情として抉り出してみせるカラヤンの指揮が凄い。録音がおこなわれたのは1960年代半ばで、このあとカラヤンはEMIにも多くを吹き込んでいる。そちらの方ではより円熟した響きが味わえるが、凛とした佇まいが感じられるこの旧録音は言葉にできないほど美しい。本盤はシングルレイヤーによるSACD~SHM仕様盤。2017年にデジタルマスタリングされたマスターが使われ、音質も格段に向上していて、シベリウスの音楽から立ち込めてくる霊気を堪能できる。

♯152 “クール”でハスキーな歌声が魅力。ジューン・クリスティの出世作

サムシング・クール/ジューン・クリスティ(モノラル)

「サムシング・クール/ジューン・クリスティ(モノラル)」
(キャピトル ⇒ ユニバーサルミュージック UCCU-5788)

“何か冷たいものを頂戴。この街はとても暑くて、私の気分を落ち込ませる・・”と歌い出される<サムシング・クール>。女が居るのは大都会のカフェかもしれないし、どこか小さな町のバー・スタンドのような所かもしれない。そして腰を下ろした女が、過ぎ去りし日々の恋の思いを語りはじめる。そんな<サムシング・クール>は、スタン・ケントン楽団のバンド・シンガーから独立して白人ジャズ・ボーカル界を代表するシンガーになったジューン・クリスティの、ソロ・シンガーとしての出世作。作品を書いたのは西海岸で俳優としても活躍したビリー・バーンズで、もともとはショウの為に作られたものをジューンが耳にして気に入り、ぜひ歌いたいとオファーしたことからレコーディングが実現した。“クール”でハスキーなジューン・クリスティの歌声は、まさにこの曲にぴったり。

吹き込みがおこなわれたのは53年、彼女が28才の時で、清楚な表情の中に秘められている色っぽさが最高。ジャケット・カバーを眺めているだけでも、うだるような夏の暑い日に一服の清涼を得たような気持になる。1953年といえば、まだステレオ・レコードがなかった時代。そしてキャピトルは1960年になって、ジューン・クリスティがまったく同じ曲を歌った「サムシング・クール」のステレオ盤を制作した。バックも同じピート・ルゴロ楽団で、ジャケット・デザインもほぼ同じであるものの、全体にモノトーンなモノラル盤に対してステレオ盤はカラーになり、ジューンが目を開けて笑いかけている。グラスには赤いチェリーが加えられ、ストローの位置も変えられたりして、すぐに区別がつくようになっている。7年の歳月の隔たりを経て生まれた「サムシング・クール」のモノラルとステレオ盤。個人的には声の艶、のびやかな表現力といった点でモノラル盤が一歩優れているように思うが、聴き比べてみるとジューンの年輪のようなものが感じられるのが興味深いところでもある。

♯153 鬼才エウミール・デオダートが描き出す“夏”の情景

ツァラトゥストラはかく語りき/デオダート

「ツァラトゥストラはかく語りき/デオダート」
(CTI ⇒ キングレコード KICJ-2544)

ブラジル出身のアレンジャー、キーボード奏者のエウミール・デオダート。フュージョン界を代表するプレイヤーのひとりとして知られたデオダートのデビュー作が、この72年のCTI盤(原題は「Prelude」)。アルバム中もっとも有名なのは、リヒアルト・シュトラウスの名曲をポップに演じたタイトル・ナンバーで、スタンリー・キューブリックの映画「2001年宇宙の旅」のテーマにも使われたものを楽しいアレンジで聴かせるが、これは夏をイメージさせるものではない。アルバムが“夏”を感じさせるのは、2曲目にデオダートのオリジナル<スピリット・オブ・ザ・サマー>が入っているからだろう。そよ風のように柔らかく優しいメロディー・ライン。フルートやアコースティック・ギターの響きが、そんな楽想に良くマッチしている。

そしてもう一曲<牧神の午後への前奏曲>は、フランス印象派の作曲家クロード・ドビュッシーの代表的な作品のひとつ。“夏の昼下がりに、牧神がまどろみの中で官能的な夢想にひたる”という曲のけだるい情景を、フルートとキーボードを軸に上手く表現。途中に目の醒めるようなトランペット・ソロが現れる演出も、デオダートらしいアイディアと言うことができるだろう。プロデューサーはもちろんクリード・テイラーで、エンジニアはルディ・ヴァン・ゲルダー。2009年になってテイラーとヴァン・ゲルダーがあらためてリマスタリングをおこなったものが、このCDに収められている。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。