今年の2月に発表になった第67回のグラミー賞。最優秀アルバムに輝いたのはビヨンセ「Cowboy Carter」で、最優秀ジャズ・ボーカル・アルバムはサマラ・ジョイのクリスマス作「A Joyful Holiday」だった。他の部門の受賞作や、受賞は逃したもののノミネートされたアルバムも興味深い作品ばかり。そんな中から気になる3枚のアルバムをピックアップしてみた。
「フェニックス・リイマジンド(ライブ)(Phoenix Reimagined (Live))/レイクシア・ベンジャミン(Lakecia Benjamin)」
(Ropeadope RMBT-750.2)
昨年秋に来日してブルーノート公演を成功させた女性サックス奏者のレイクシア・ベンジャミン。2023年のアルバム「フェニックス(Phoenix)」がグラミー3部門にノミネート。2025年度も最優秀は得られなかったものの“ベスト・ジャズ・パフォーマンス”と“ベスト・ジャズ・アルバム”に堂々ノミネートされて存在感をはなった作品が、本「フェニックス・リイマジンド・ライヴ」。アリス・コルトレーンをつうじてジョン・コルトレーンの音楽に心酔していったレイクシアは、燃えるような情熱をたぎらせながらパワフルにアルト・サックスを吹きまくる。2020年に「Pursuance:The Coltranes」をリリースしてコルトレーン・ナンバーに真正面から取り組んでいったレイクシアだけに、彼女のコルトレーン熱は筋金入りで、何かに憑かれたようにプレイに没入してゆく熱量が凄い。
いっぽうでファンクやヒップポップのフィーリングも生かされたレイクシアの音楽は、今日的なポップ性も併せもっていて、若い人を惹きつけるにも十分なものがある。ブルックリンのスタジオに観客を入れてのライブ録音。といっても拍手などはカットされているので、バランス的にはスタジオ録音と同じレベルにある。前作「フェニックス」からのレパートリーも多いが、バンドとしてもさらなる迫力を増していった演奏の数々。コルトレーンの十八番曲<マイ・フェバリット・シングス>が取りあげられているあたりも、レイクシアの熱いスピリットを感じさせる。タイトル曲<フェニックス・リイマジンド>にはランディ・ブレッカーとジョン・スコフィールドがゲスト参加して、いっそうの花を添えている。
「リメンブランス/チック・コリア~ベラ・フレック」
(BELA FLECK PRODUCTIONS BLFK-83731)
ブルーグラスの域にとどまらない幅広い音楽性をもっているバンジョー奏者のベラ・フレックとチック・コリアのデュオ・アルバムが、2025年度グラミーの“最優秀ジャズ・アルバム”に選ばれた。ふたりは2007年にデュオ作「エンチャントメント」(魔法)を発表していて、これもラテン・グラミーに輝いた名盤として知られている。
チックとベラは2019年にコンサート・ツアーをおこなっていて、本アルバムはチックにとっても遺作のひとつになってしまった。タイトル曲はチックのオリジナルで、いかにも彼らしいラテン的な哀感あふれる魅力的なナンバー。ベラがツアーの為に持ち寄ったオリジナルや、セロニアス・モンクの<ベムシャ・スイング>、さらにはスカルラッティのソナタのメロディーまでも含む幅広いレパートリー。コロナ禍の中でふたりが音源を送り合い、相互にダビングし合ったいくつかのトラックも含まれている。ルーツもジャンルも違うふたりのミュージシャンが“音楽をプレイする”という一点で見事に融合をみせながら、真のコラボレイションを繰りひろげた感動的なデュオ作。
「ビアンカ・リイマジンド(Bianca Reimagined:Music for Paws and Persistence)/ダン・プガック・ビッグバンド(Dan Pugach Big Band)」
(Outside in Music OiM)
2025年度グラミーの“ベスト・ラージ・ジャズ・アンサンブル・アルバム”に選ばれたのが、ダン・プガックが率いるビッグバンド作品。ダンはイスラエル出身のドラマーで、2006年にアメリカに移住してバークリー音楽大学で学んだというキャリアをもっている。
標準的なビッグバンド編成であるものの、伝統的な4ビートでなくコンテンポラリーな新しさを感じさせるスタイルで、変拍子も自在に使いながらナチュラルな響きで聴かせるオリジナルの数々は、それぞれが一編の絵画を見ているよう。次々に美しいメロディーが淀みなく流れてゆく。アメリカの著作権管理組織BMIが主催する“チャーリー・パーカー・ジャズ作曲賞”に輝いた<ビアンカ(Bianca)>や、ジョー・ヘンダーソンのプレイに触発されて書いたという<シュレッピン(Schleppin’)>など、リーダーの作編曲になるものを中心に、ロック・バンド“ヴァン・ヘイレン”の<ドリームス(Dreams)>のスマートなカヴァーなども含まれる。バンドのメンバーは広く知られていない人が多いものの、いずも相当の実力をもつプレイヤーばかり。今後のコンテンポラリー・バンド界を担ってゆく楽しみなグループが、このように大きな賞を得た意義はとても大きなものがあるだろう。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。