第八十二回
3つの〝鳥の歌〟を聴く

2024.11.01

文/岡崎 正通

世界のあちこちで紛争が激しさを増していっている2024年。早い戦争の終結と平穏な日々がやってくることを願わずにはいられない。音楽が政治を変えることはできないかもしれないが、人々の心を動かして意識を変えてゆく力を秘めているのも、また確かなことだろう。そんな“平和への願い”の象徴のような曲のひとつである<鳥の歌>。強い気持ちを込めて演じられた3つの<鳥の歌>を選んでみた。

♯268 パブロ・カザルスによる入魂の一曲

鳥の歌~ホワイトハウス・コンサート/パブロ・カザルス

「鳥の歌~ホワイトハウス・コンサート/パブロ・カザルス」
(ソニーミュージック SICC-30416)

<鳥の歌>のメロディーは、もともとはスペインのカタルーニャ地方に古くから伝わるクリスマス・キャロルのメロディー。そして<鳥の歌>といえばもちろん、カタルーニャ出身で20世紀最大のチェロ奏者として国際的な名声を得ていたパブロ・カザルス(1876.12~1973.10)の演奏を真っ先に挙げないわけにはゆかない。カザルスは生前にステージで必ずこの曲を演奏して、世界に平和を訴え続けた。60才を過ぎた頃、スペインの内戦でフランスに亡命したものの、フランコ政権を認めることに反対して演奏活動を休止したこともあり、晩年はプェルトリコに移ったりして活動していったカザルス。

このアルバムは1961年、当時のケネディ大統領に招かれたカザルスがホワイトハウスのイースト・ルームでおこなった歴史的な演奏を収めている。アメリカでの演奏を拒否してきたカザルスが、ケネディ大統領のヒューマンな人柄に打たれて演奏をOKしたのだという。当日はメンデルスゾーンの<ピアノ三重奏曲>やクープラン、シューマンの楽曲も演奏されていて、共演者は古くからの演奏仲間であるピアノのミエチスラフ・ホルショフスキーと、ヴァイオリンのアレクサンダー・シュナイダー。そのラストに演奏される<鳥の歌>。ここでのカザルスはわずかな唸り声もまじえ、祖国への思いを込めて、このメロディーを弾き上げる。何度聴いても感動を新たにする名演。入魂の演奏とは、こういうものを言うのだろう。最晩年の71年に94才で、この曲をニューヨーク国連本部で演奏したときに“私の故郷のカタルーニャの鳥は、ピース、ピース、ピースと鳴くのです”とスピーチしたことも、あまりにも有名なエピソードとして伝えられている。

♯269 現代に蘇えるジョヴァンニ・グイディの“鳥の歌”

ア・ニュー・デイ/ジョヴァンニ・グイディ

「ア・ニュー・デイ/ジョヴァンニ・グイディ」
(ECM ⇒ ユニバーサルミュージック UCCE-1209)

イタリアの中部、ペルージャに程近いフォリーニョに生まれたジョヴァンニ・グイディは、知的な冒険性あふれるタッチを聴かせて、独特のカラーを発揮してみせているピアニスト。これは彼のECMからの5作目になるアルバムで、一曲目に<鳥の歌>が演奏されている。グイディのトリオに注目のテナー・サックス奏者、ジェイムス・ブランドン・ルイスが加わった演奏で、豊かな抒情を湛えたピアノの響きの中に、穏やかだが確かな表情をもったルイスのテナーが加わってくる。しっとりとした響きの中から、次第にメロディーが浮かび上がってくるのが、じつに感動的。テナーのブランドン・ルイスはアグレッシブな活動を繰りひろげている注目株だが、もともとゴスペルを演じてきたキャリアがあるだけに、このような敬虔なプレイにはぴったりだ。

グイディはこの曲のことをスペイン人のベーシストから教えてもらったと語っているけれども、メンバー全員が同じように平和への願いを抱いて、この曲を演奏したに違いない。他にアルバムに収められているグイディのオリジナルの中では、抒情あふれる<オンリー・サムタイムズ>と<ルイージ>が印象にのこった。そして唯一のスタンダード曲<マイ・ファニー・ヴァレンタイン>の言葉にできない美しさ!抽象的なトリオのプレイに始まって、おなじみの旋律の片鱗がゆっくりと顔をもたげてくる。多くのミュージシャンが好んでレパートリーに取り上げてきた<マイ・ファニー・ヴァレンタイン>の中でも、ピュアーなロマンが際立っている演奏。ますます耽美性を強めてきているジョヴァンニ・グイディの美学が凝縮されているような一曲になっている。

♯270 ジョーン・バエズの温かなクリスマス・アルバム

ノエル/ジョーン・バエズ

「ノエル/ジョーン・バエズ」
(Vanguard VMD79596)

かつて一世を風靡したフォーク・シンガー、ジョーン・バエズが1966年に吹き込んだクリスマス・アルバムの中に、“Carol of The Birds”のタイトルで<鳥の歌>が含まれている。温かく澄んだ歌声とともに<ドンナ・ドンナ>や<朝日のあたる家><オール・マイ・トライアルズ>など、トラディショナルなフォーク・バラードで多くの人々を魅了してきたジョーン・バエズ。いっぽうで差別や反戦の姿勢を崩すことのなかった彼女にとって、これは格別の一曲であったに違いない。もちろん<オー・カム・エマニュエル><聖しこの夜><ファースト・ノエル>などの有名なクリスマス・ソングも多く収録。そんなクリスマス曲を彼女のハートフルな歌声で聴くのは、また格別のものがある。なおジョーン・バエズは2018年に新作をリリースしたあと、引退することを表明したものの、今も83才で健在である。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。