お世話になっている音楽雑誌、オーディオ雑誌で“Stay Home”の企画が多く組まれたりしている。「巣ごもりオーディオ術」「こんなときは自宅でオーディオ三昧」などなど。もちろんそれも良いが、そんな時にルーベン・ブラデスのアルバムを流してみたら、急にとりまく風景が変わって元気が出た。こんな時は、キューバ音楽の味にひたるのも悪くないなと思って、楽しんだアルバムをいくつか紹介してみたい。
キューバ音楽をルーツに70年代から急激に広まって、ニューヨーク・ラテンの代名詞ともなっていった“サルサ”。そのサルサ界の大ベテラン、ルーベン・ブラデスをゲストに迎え、トランペッターのウィントン・マルサリス率いるビッグバンドの最高峰“リンカーン・センター・ジャズ・オーケストラ”(LCJO)が繰りひろげる2014年の熱狂のステージが2018年になってアルバム・リリースされた。ベーシストのカルロス・エンリケスがアレンジを担当する。場所はジャズ・アット・リンカーン・センターの中のフレデリック・ローズ・ホール。パナマ生まれでアメリカに移り住み、サルサの世界で成功をおさめただけでなく、俳優としても活躍。故郷で政治活動もおこなったルーベン・ブラデスの歌声は大人の風格を感じさせて、腕達者ばかりが揃うLCJOと完璧なコラボレイションを聴かせる。
一曲目の“バン・バン・ケーレ”からウィントンのトランペット・ソロが炸裂!ルーベンのオリジナル<エル・カンタンテ><ペドロ・ナヴァハ>などに加えて<トゥ・クローズ・フォー・コンフォート><捧げるは愛のみ>など、ジャズの名スタンダードもラテン・アレンジに衣替え。オールド・ファンならば、かつてディジー・ガレスピーがアフロ・キューバン・ジャズを好んで演奏したことを思い出される方がおられるかもしれない。それから数えると70年余り。ジャズとアフロ・キューバンのもっとも幸せな出会いと興奮、熱狂がここにある。
キューバ出身で、今日のジャズ・シーンの第一線で活躍するピアニストのひとりがアロルド・ロペス・ヌッサ。1983年ハバナに生まれて10代で頭角を現わし、2016年には“東京JAZZ”のメイン・ステージにも登場して多くの聴衆を魅了した。生来のリズム・センスに加えて優れたテクニックの持ち主であるものの、ここでは彼が日々暮らしている今日のキューバ音楽のフィーリングを素直に押し出していっているのが楽しい。
リズミックで魅力的なロペス・ヌッサのオリジナル・ナンバーの数々。現代の息吹きを感じさせる楽曲に挟まれるように、キューバの大作曲家エルネスト・レクオーナの<ニャニゴスの踊り>(Danza de los nanigos)<そして黒人が歌っていた・・>(Y la Negra Bailaba)などの比較的珍しいナンバーが演じられるのも、キューバの日常の血のなせる業なのだろう。そしてセサル・ポルテージョ・デ・ラ・ルイスの名作<遠く離れても>がロマンティックな郷愁へと誘い込む。トリオ編成で、弟のルイ・エイドリアン・ロペス・ヌッサのドラムスを含め、3人のエキサイティングなコンビネイションも素晴らしい。
キューバ音楽の魅力を広く世界に伝えたという意味で、ヴィム・ヴェンダース監督の1997年の映画「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」は忘れることのできない名作と言えるだろう。良き時代のキューバの音楽家をふたたび第一線へと引っぱり上げて、世界に紹介。その味わい深い響きに世界中の人々が感銘を受けた。
それから20年余り。“ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ”のセッションで録音されたものの陽の目をみなかった曲や、その後のブエナ・ビスタのメンバーたちによる演奏が、2015年になって一枚のアルバムにまとめられた。すでに亡くなってしまったイブライム・フェレールやピアノのルベーン・ゴンサーレスらのワールド・ツアー時の音源。あるいはオリジナル・セッションからのコンパイ・セグンドらによる<マクーサ>や、オマーラ・ポルトゥンドの素晴らしい<黒い涙>。キューバ音楽の伝統を感じさせる味わい深い名演ばかりで、時の流れを超えてノスタルジックな感興にたっぷりひたることができる。
クラシック音楽界で名実ともに最高峰のオーケストラであるベルリン・フィルハーモニー管弦楽団で長く活躍する女性ホルン奏者、サラ・ウィリス。そんなサラがキューバを訪れ、キューバのミュージシャンたちと共演したアルバムで、今年(2020年)初めにハバナで録音された。モーツァルトによってホルンのために書かれた曲とマンボ曲が交互に収められているのが、異色ともいえる面白さをはなつ。
プロジェクトが生まれるきっかけは2017年、彼女が初めて訪れたキューバで、この国にもクラシック音楽の文化が根づいていることを知り、交友を深めたことだったという。同時にキューバ音楽にも魅せられたサラ・ウィリスは、モーツァルトのホルンのための作品や<アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク>などをマンボにアレンジすることにも挑戦。若いキューバの音楽家で構成されたハバナ・リセウム・オーケストラやリズム・コンボを従えての演奏で、14人のホルン奏者によって演じられるペレス・プラードの名曲<エル・マンボ>。そして<南京豆売り>までをホルンで演じるという、前代未聞の企画。モーツァルトのメロディーとマンボが、いとも易々と共存しているところに、垣根を超えた音楽の楽しさをみる思いがする。
小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド Shiny Stockings にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。