第二十七回
情熱とロマンがほとばしり出る作品の数々

2020.04.01

文/岡崎 正通

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名演奏家が発するまばゆい光。それはミュージシャンがもっている内なる情熱とロマンから生まれ出てくるものなのだろう。そんなオーラのように熱いエモーションとロマンがほとばしり出るアルバムを選んでみた。

♯90 デュ・プレの熱いエモーションが浴びるように伝わってくる一枚

エルガー/チェロ協奏曲 ホ短調 他~ジャクリーヌ・デュ・プレ ジョン・バルビローリ指揮 BBC交響楽団

「エルガー/チェロ協奏曲 ホ短調 他~ジャクリーヌ・デュ・プレ ジョン・バルビローリ指揮 BBC交響楽団」
(キングインターナショナル KKC-6091)

イギリス人作曲家、エドワード・エルガーによって1919年に書かれた“チェロ協奏曲”。今日、多くのチェロ作品の中でも屈指の名作とされるものであるが、この曲を広く知らしめることになったのは、“チェロを抱えて生まれてきた”といわれる天才少女、ジャクリーヌ・デュ・プレの名演によるところが大きい。65年、彼女が20歳の時にジョン・バルビローリの指揮のもとEMIに吹き込んだ演奏は、この曲の決定盤として、いまなお多くの人に感動を与え続けている。

そんな録音をも凌ぐ、デュ・プレ自身による2年後のライブ演奏が2000年代の初めに発掘され、BBC/テスタメントの手によって世に出たものを、近年キングインターナショナルから再発された盤で聴いた。同じバルビローリとの共演。第一楽章のチェロによる出だしの部分から、デュ・プレの熱いエモーションが浴びるように伝わってくる。抒情ゆたかな旋律を万感の思いを込めて弾きあげてゆくデュ・プレ。どの部分をとっても大らかな歌に溢れている。彼女のレパーリーというよりも、エルガーのチェロ協奏曲はデュ・プレという稀代のチェリストに出会って、ほんとうに幸せだったんだなと思う。この数年後に難病にかかって、演奏活動が出来なくなってしまったジャクリーヌ・デュ・プレがのこした、宝石のような一枚。

♯91 ラテンの哀愁とフラメンコ歌手の情熱が混じり合った、マルティンのボレロ・アルバム

ティエンポ・デ・アマール(Tiempo de Amar)/マイテ・マルティン

「ティエンポ・デ・アマール(Tiempo de Amar)/マイテ・マルティン」
(Virgin records 581 891)

バルセロナに生まれて、フラメンコ歌手として有名なマイテ・マルティンの歌声と中性的な風貌に強く惹きつけられたのは、同じバルセロナ出身のピアニスト、テテ・モントリューのトリオをバックに歌っている「Free Boleros」(K-Industria Cultural S.L)というアルバムだった。1996年に吹き込まれたそのアルバムが、マイテ・マルティンにとって初のボレロ作品だということも後から知った。そんな彼女による2002年のボレロ・アルバムが「Tiempo de Amar」で、ボレロ歌手としても一級の捨てがたい味をもつマルティンの姿がよく現れている。

スペインをルーツに、メキシコからラテン・アメリカに広まっていったポピュラーなボレロ。プェルト・リコが生んだ名作曲家ペドロ・フローレスの<オブセション>(恋の執念)、ブェナ・ビスタ・ソシアル・クラブでも歌われた<ヴェインテ・アニォス>や<トーダ・ウナ・ヴィーダ>などの古典曲を、たっぷりと情感を込めて歌ってゆくマイテ・マルティン。ラテンの哀愁、フラメンコ歌手の情熱、ほの暗い情念が混じり合ったマルティンの歌声に聞き惚れる。

♯92 尽きることのないロマンと情熱的な歌心あふれるペトルチアーニの未発表音源

ワン・ナイト・イン・カールスルーエ/ミシェル・ペトルチアーニ

「ワン・ナイト・イン・カールスルーエ/ミシェル・ペトルチアーニ」
(SWR JAZZHAUS JAH 476,ナクソスジャパン NYCX-10108)

ジャクリーヌ・デュ・プレが“チェロを抱えて生まれてきた少女”であるならば、ミシェル・ペトルチアーニ(1962~1999)は“ピアノの化身”と呼ばれていた。演奏する音楽のジャンルこそ違え、音楽することへの熱い思いは変わらない。そして尽きることのないロマンと、情熱的な歌心。昨年に発掘されたペトルチアーニの未発表音源を耳にして、泉のように音楽が湧き出てきて止まらない姿に、あらためて大きな感動をおぼえた。

ペトルチアーニのトリオが1988年夏、ヨーロッパ・ツアーをおこなったときに、ドイツ南西部の町カールスルーエにあるカルチャー・センターで収録された演奏。少し前に「ミシェル・プレイズ・ペトルチアーニ」というアルバムが発売になったので、レパートリー的には何曲か重複するものの、ライブということもあって一曲の演奏時間も長く、乗りに乗って繰り出されるペトルアーニの魅力的なフレーズは、とどまることがない。それらのオリジナルに挟まれるように置かれたスタンダード・ナンバーの演奏も、筆舌に尽くしがたいものがある。さりげないテーマから無限にメロディーが紡ぎ出されてゆく<イン・ア・センチメンタル・ムード>。抒情美の中に熱いハートを感じさせる<マイ・ファニー・ヴァレンタイン>など、どれもペトルチアーニの音楽の豊かさに圧倒される演奏ばかりが並んでいる。

♯93 ハード・バップ・テナーの名手、ジョニー・グリフィンの魅力あふれるライブ作

ハッシャ・バイ~ザ・コンプリート・モンマルトル・セッションズ/ジョニー・グリフィン

「ハッシャ・バイ~ザ・コンプリート・モンマルトル・セッションズ/ジョニー・グリフィンー」
(Black Lion ⇒ ミューザック MZCB 1402~3)

1960年代は、アメリカで活躍した多くのトップ・ジャズメンがヨーロッパに新たな活動の場を求めていった頃にもあたっている。人種差別もあっただろうし、真っ当なジャズを演奏してゆくだけではなかなか生活を維持してゆくことが困難になっていた当時のアメリカ社会。そんな祖国に区切りをつけて、自分たちのやりたいジャズをプレイし、温かく迎えてくれたのが当時のヨーロッパだった。

ハード・バップの中心的なプレイヤーとして鳴らしたジョニー・グリフィンがヨーロッパに渡ったのは63年のことで、それから数年を経た67年にコペンハーゲンの有名なクラブ“カフェ・モンマルトル”に出演したときのステージが、このアルバムにとらえられている。LPでは3枚、CDでは2枚に収められていたものに未発表だった<マスカレード・イズ・オーヴァー>を加えて纏められたのが本コンプリート版。火の出るように熱いアップ・テンポのプレイが鬼気迫る<ウィー><リズマニング>。そして<ユー・リーヴ・ミー・ブレスレス><オールド・フォークス>に聴かれる情感ゆたかなバラード吹奏。十八番曲だった<ハッシャ・バイ>と、モダン・テナーの名手グリフィンの魅力のすべてが味わえる。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。