第二十回
ジャンルを超えた、アメリカン・ミュージックの風

2019.09.01

文/岡崎 正通

フィリップ・グラスとリアノン・ギディンズ、そしてビル・フリゼール。ジャンルこそ違うものの、いずれもアメリカン・ミュージックの伝統を強く感じさせるものばかり。しっかりしたルーツに根ざしながらも、今日の音楽として聴かせてくれるのが、大きく惹きつけられる理由なのかもしれない。

♯62現代音楽の難しさを感じさせない、21世紀の“四季”

フィリップ・グラス~ヴァイオリン協奏曲 第2番「ザ・ニュー・シーズンズ」他~ギドン・クレーメル

「フィリップ・グラス~ヴァイオリン協奏曲 第2番「ザ・ニュー・シーズンズ」他~ギドン・クレーメル」
(Deutsche Grammophon 479-4817)

20世紀後半から現代にかけて活躍するアメリカの作曲家、フィリップ・グラスによって2009年に作曲された“ヴァイオリン協奏曲の第2番”。その20年以上前に書かれていた、もうひとつのヴァイオリン協奏曲を発展されたような作品には“ザ・ニュー・シーズンズ”という副題が付けられていて、アメリカの四季が情感ゆたかに描かれる。有名なヴィヴァルディの“四季”を念頭におきながらも、現代クラシック音楽の手法を使って21世紀の新しい“四季”を創造しようという意欲あふれる作品だ。

それぞれのパートの前にカデンツァ風のヴァイオリン・パートがついていて、全部で8楽章。ミニマル・ミュージックとも言われるシンプルなフレーズやリズムを執拗に繰り返す手法を用いた、今日の“四季”。ギドン・クレーメルの真摯なアプローチによって奏でられる音楽は、毅然としてロマンティックなもので、繰り返されるリズミックなモチーフもとても抒情的に響いてくる。現代音楽の難しさや頭でっかちな部分は微塵もない、21世紀のクラシック名曲に数えられる作品と思う。

♯63憂いを秘めながらも凛としているリアノン・ギディンズの歌声

トゥモロー・イズ・マイ・ターン/リアノン・ギディンズ

「トゥモロー・イズ・マイ・ターン/リアノン・ギディンズ」
(ワーナーミュージック WPCR-17149)

<トゥモロウ・イズ・マイ・ターン>のメロディーは、どこか記憶の片隅にあったものの、リアノン・ギディンズの歌声を聴いて、あらためて心を強く揺さぶれられるものを感じた。“カロライナ・チョコレート・ドロップス”というフォーク・グループで歌っていたリアノン・ギディンズが、グループを離れて吹き込んだソロ・アルバムのタイトル曲。この曲を書いたのは、先日亡くなったシャンソン歌手のシャルル・アズナヴールで、アズナヴール自身が英語の歌詞で歌ったものもある。

どこかで聴いたことがあると思っていたのはニーナ・シモンのバージョンで、65年のフィリップス盤「アイ・プット・ア・スペル・オン・ユー」に含まれていたものの、<アイ・プット・・・>の印象があまりに強烈だったこともあって、こちらのほうは記憶の彼方に追いやられていた。そんな曲をリアノン・ギディンズは、まるで彼女のために書かれた曲であるかのように、しみじみと、しかし力強く歌い綴ってゆく。アフロ・アメリカンの血を引くリアノン・ギディンズの表現は、どこか憂いを秘めながらも凛としたものを感じさせる。ほかにもカントリー系の女性シンガーが歌ったナンバーを中心に、自立する強い女性としての人間像が音楽の中から浮かび上がってくる。

♯64良き伝統を受け継ぐ、現代のアメリカン・ミュージック

エピストロフィー/ビル・フリゼール~トーマス・モーガン

「エピストロフィー/ビル・フリゼール~トーマス・モーガン」
(ユニバーサルミュージック ECM UCCE-1179)

ビル・フリゼールが聴かせる、そよ風のようにさわやかなギターの響き。それはどこかに懐かしさのようなものを含みながら、聴き手の感性に快い刺激も与えてくれる。そんなフリゼールが若手のベーシスト、トーマス・モーガンと繰りひろげた静謐なデュオ・アルバム。ニューヨークの名クラブ“ヴィレッジ・ヴァンガード”での2016年のライブで、同じ時のものが「スモール・タウン」として出ているので続編ということになるが、作品としての密度は変わらない。素朴なようで深い知性をもった抒情美あふれる表現は、よき伝統を受け継いできた今日のアメリカン・ミュージックそのものだ。

セロニアス・モンクのメロディーを繊細に組みなおした<エピストロフィー>。そしてアメリカのR&Bグループ、ドリフターズのヒット曲として知られる<ラストダンスは私に>なども、さりげなく味わい深い響きで聴かせてくれる。バップからアバンギャルドまで自在にこなすフリゼールであるが、やはり彼の本質はアメリカン・ミュージックのルーツに深く根差した、このようなプレイにあるようだ。

♯65まぶしいほどに美しいミルトのヴァイブの響き

サンフラワー/ミルト・ジャクソン

「サンフラワー/ミルト・ジャクソン」
(キングレコード CTI KICJ-2323)

美しいアルバム・ジャケットそのままに、ミルト・ジャクソンが奏でるロマンティックなヴィブラフォーン(ヴァイブ)の響きに惹きつけられる。モダン・ジャズの時代にトップ・プレイヤーとして大活躍したミルト・ジャクソンが、ストリングスを加えたアンサンブルをバックに、とびきりのロマンティックなプレイを聴かせてくれる72年のリーダー作である。

アレンジは名手ドン・セベスキー。アコースティック・ギターのイントロに導かれて、たっぷりと情感ゆたかなテーマが奏でられる<フォー・サムワン・イン・ラヴ>は、ミルトのオリジナルの中でもとくに心にのこる一曲。ミシェル・ルグランが映画のために書いた<ホワット・アー・ユー・ドゥーイング・ザ・レスト・オブ・ライフ>の印象的なバラード・プレイ。そしてソウル・グループ“スタイリスティックス”のヒットで知られる<ピープル・メイク・ザ・ワールド・ゴー・ラウンド>と、セッションにも参加しているトランペッターによるタイトル・ナンバー<サンフラワー>の4曲。どれも限りない抒情美にあふれる演奏とともに、CTIレーベルならのグレード感をもったサウンドにたっぷりとひたることができる。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。