第百三回
ベルギーの小さな町や村を歩いていて、
  脳裏に浮かんできた音楽

2026.08.01

文/岡崎 正通

6月の下旬に10日間ほど、ベルギーの小さな町や村を訪ねる旅に参加した。仕事や遊びでもほとんど行くことがないだろうという小さな村を巡るというテーマに惹かれたのだったが、今年のヨーロッパは例年にない猛暑。予想外のうだるような暑さの中、小さな町や村を歩いていると、暑さと美しい風景が混じって、ぼーっと思考の途切れる中、いろんな音風景が浮かび上がってくる。やはりどんなに暑くても“旅の情景“と音楽は切っても切れないものだということを熱波の中でも痛感した。

♯331 暑さの中で浮かび上がってきたフルートによる名旋律

ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲/クラウス・マケラ指揮 パリ管弦楽団

「ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲/クラウス・マケラ指揮 パリ管弦楽団」
(ユニバーサルミュージック UCCD-45026)

首都ブリュッセルから西へ60キロ。車で一時間ほどのところにあるシント=マルテンス=ラーテム(Sint-Martens-Latem)は、“ヨーロッパの美しい村 30選”にも選ばれた小さな村で、たくさんの画家が集まった“芸術の村”としても知られている。濃い緑の中に点在する瀟洒な家々を抜けてゆくと、小さな湖と緑に囲まれて、まるで時間が止まったような感覚にとらわれた。

そんな時に浮かんできたのが印象派の作曲家、クロード・ドビュッシーが書いた「牧神の午後への前奏曲」のメロディー。ステファーヌ・マラルメの詩を基に作曲されたもので、ドビュッシーの名声を高めることになった代表曲。“夏の昼下がり、半獣の牧神がうたた寝から覚めて夢うつつの中、水の精を追いかけて官能的な夢想にふける。幻想は腕の中からすり抜けて、ふたたび牧神はまどろみにひたる・・”。くらくらするような暑さの中で浮かび上がってきたフルートによる旋律。名曲だけにいくつもの名演が残されているが、世界的に注目を浴びる若手指揮者、クラウス・マケラ指揮、パリ管弦楽団による新しい録音盤で耳にしたい。ストラヴィンスキーの“ペトルーシュカ”などとのカップリングで、MQA-UHQCD、グリーン・カラー・レーベルコートによる国内盤CDは、音質的にも最良のものと思う。

♯332 サックスの街で想起した、大胆な“サマータイム”

サマータイム~マイ・ネーム・イズ・アルバート・アイラー/アルバート・アイラー

「サマータイム~マイ・ネーム・イズ・アルバート・アイラー/アルバート・アイラー」
(Debut ⇒ Fontana、CD ⇒ 日Musak MZCB-1213、LP ⇒ 日Think THLP-135)

ぐっと南へ下ってフランスとの国境にも程近い町、ディナン(Dinant)。古い古い歴史をもつディナンはまた、サキソフォーンの発明者として知られるアドルフ・サックス(1814.11~1894.02)が生まれ育った町でもあって、彼の生家が残されている。城塞のある切り立った断崖にへばりつくような小さな街並み。アドルフ・サックス通りに近く、ムース河にかかる橋には、高さ3メートルもあろうかというカラフルなサキソフォーンのモニュメントが12本も飾られている。

そんな風景を目にしていて、突然“サマータイム”のメロディーが浮かんできた。それも“フリー・ジャズの闘士”と言われたアルバート・アイラーによって吹き込まれたアブストラクトなバージョン。“サマータイム”の名演については第19回(♯59♯60♯61)でも紹介しているが、アルバート・アイラーのものは、この曲のもっとも大胆かつ異色の演奏と言えるだろう。うだるような暑さの中でこそ耳にしたいアイラーの<サマータイム>。サキソフォーンはジャズの発展とともに歩んできた楽器でもあるが、それにしてもアドルフ・サックスは自身の発明した楽器から100年後に、こんな表現が生まれてゆくとは予想すらできなかったに違いない。「マイ・ネーム・イズ・アルバート・アイラー」はさまざまな形で復刻がなされていて、2010年に国内でリリースされたLP盤は、きわめてオリジナルに近いものだったが、やや入手が難しいかもしれない。もちろんCDでもアイラーの吹奏の凄味は十二分に味わえる。

♯333 中世の佇まいが残る村にマッチした“ジャンゴ”

ジャンゴ/MJQ(モダン・ジャズ4重奏団)

「ジャンゴ/MJQ(モダン・ジャズ4重奏団)」
(ユニバーサルミュージック UCCO-46037)

ディナンの街からもそんなに遠くないデュルビュイ(Durbuy)は“世界でいちばん小さな村”とも言われていて、たしかに10数分ほどあれば村の中心あたりを一巡できる。高い建物はひとつもなく、中世の面影を残した石造りの家が、入り組んだ細い路地に並んでいて、小さなレストランや土産物ショップも点在する。

ヨーロッパの各地から人々が訪れるリゾート村の小径を歩いていて、わけもなく浮かんできたメロディーがMJQ(モダン・ジャズ4重奏団)の演奏で有名な<ジャンゴ>。ベルギー生まれのギタリスト、ジャンゴ・ラインハルトの死を悼んで、MJQのピアニスト、ジョン・ルイスが書いた名曲が脳裏に流れてきたのは、ヨーロッパへの憧れをもっていたジョン・ルイスの典雅な作風と、中世の佇まいが残るこの村の雰囲気がマッチングしたのかもしれない。これも何回も再発が繰り返されてきたアルバム。昨年秋にUHQCDでリリースされたものは、もう70年以上も前に録音された音楽を、いっそうクリアーに聴かせてくれる。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。