1989年、それはオーディオの輝かしい一歩が始まった年。
この年に誕生したオーディオ・ノートのONGAKUはたちまち世界中のオーディオ・ファンを魅了することとなりました。
世界進出を果たしたオーディオ・ノートの真空管アンプは、英国「ハイファイ・チョイス」誌、「オーディオ・ファイル」誌、米国「ジ・アブソリュート・サウンド」誌等、厳しい選択眼を持つオーディオ誌で驚きと称賛で詳しく紹介されました。中でも大型真空管、211で構成されたONGAKUは、その圧倒的に豊かな音楽性を持った表現力で、またたくまに世界のオーディオ・ファンをとりこにしたのです。
今もその評価は変わることなく、音の魔法を紡ぎだすONGAKU。
オーディオ・ノートに寄せられる高い評価、名声はこうして築かれました。
オーディオ・ノートの創業者近藤公康に与えられた称号、それがThe Audio Silversmith。
世界で初めて、オーディオに銀線を用いた近藤は、音の銀細工師、世界初にして最高のオーディオのマイスターと称されたのです。
“最高の音質"にこだわり続けた近藤は、音の入り口から出口まで、最高の音質を得るための研究に努めて、一切の妥協を許しませんでした。
その中で出会った銀線の魅力。
銀で奏でる音は、温かく、時にはシャープに、音楽の息吹を最大限に表現します。
貴金属である高価な銀を、最高の音質のために使う大胆で繊細な発想が、オーディオ・ノートの確かな音づくりの根幹にあるのです。
素材から、製法まで細心の注意と情熱を注ぎ込んで作られたオーディオ・ノートの銀線。そしてその銀線を使った製品の音質は、どれも世界最高の水準を目指したものです。
オーディオ・ノートの製品が、オーディオ・ファンの心をつかんで離さないのは、音楽とオーディオが融合してこそ実現できる、音楽再生能力の高さにあります。
創業者KONDO
オーディオ・ノートの創業者近藤公康は、オーディオ・ノートそのものです。
少年時代から、閃いたアイディアを書き留めたノートを近藤は、オーディオ・ノートと呼んでいました。
社名は、そのノートから命名されました。手間がかかろうが、時間がかかろうが本当に音質のいい製品を一つ一つ作り、一冊のノートを完成させたいという想いが込められた社名です。またnoteは音符を意味する単語でもあります。音楽とオーディを繋ぐ音符のような存在でありたいという意思が活かされた社名でもあります。
創業者、近藤公康は2006年1月8日、ラスベガスのオーディオ・イベント会場のホテルで急逝しました。享年64歳、まだまだやり残したことがたくさんあったに違いありませんが、最後までオーディオ人として生きた人でした。
近藤は、少年時代から電気、オーディオ好きで、大学卒業後はTEACに入社し、データレコーダの開発に携わり、その後CBSソニーに移り、レコード制作の現場で、スタジオ機器に精通したエンジニアになっていきます。当時、レコーディングスタジオにもアンプ回路革新の時代の波が押し寄せていました。音響調整卓においても電子式バランス伝送が可能な差動増幅アンプがその本流となり、トランスの必要性が問われることとなっていきました。
近藤は、電子化によって電気特性が向上することは認められるが、音質の改善に貢献するという点には疑問を抱いていました。
最高の材料と製法によってつく出されたトランスが、実力を発揮する舞台を得たならば電子式よりもさらに良質の音楽を送り出すことができる、その想いはやがて確信に変わりました。
1976年、CBSソニーを退社した近藤は、音楽への愛情をこめ、オーディオ・ノートを設立しました。
そして最初に着手したのがMC昇圧トランスの開発でした。
切れ味の良い音質のためには電気抵抗が最も低い導体を使うべきだと気づいた近藤は、彫金屋で銀を購入し自らケーブルに加工し、エナメル被覆を施し、オリジナルのマグネットワイヤーを作ったのです。この銀線を用いたMC昇圧トランスは実に新鮮な響きをもち単に電気抵抗が少ないと言うだけでない、まさに今までのトランスのイメージを一掃するものでした。
この銀との出会いが、オーディオ・ノートの基盤を築きました。
1977年に発売された銀線ラインケーブル、スピーカーケーブルはその音質の良さは国内ファンの間で大きな評判となりました。その後、発電コイルに純銀線を巻きアルニコマグネットを採用したMCカートリッジを発売し、これも曖昧さを許さない緻密で鋭く、かつ感情豊かな音で高い評価を得ました。
そして、1989年三極管211シングルステレオアンプ“ONGAKU”の誕生により、オーディオ・ノートは伝説となったのです。このパワーアンプの出力トランス1個に使われる純銀は4kgを超え、配線材にも純銀が用いられています。銀の採用による、良質な音質と豊かな表現力を備えた本機は今までのアンプをはるかに超えたアンプと評されました。
そして、当時より弊社のコーディネーターとして、また海外の販促活動の窓口として多大な協力を頂いているサイバテック(株)の芝崎氏により“ONGAKU”と命名されました。
また1981年にはドライバーユニットとホーンで名高いYL音響の経営を引き継いでいます。
ホーンスピーカーの良さを活かしたスピーカー開発が、オーディオ・ノートの新たな使命として加わりました。
創業者、近藤の急逝後も、オーディオ・ノートの姿勢は何一つ変わってはいません。
オーディオ・ノートは、一つ一つ手作りで製品を作りあげます。
オリジナルの純銀配線材を使用するのはもちろん、
熟練の技術者がトランスの巻線作業を行い、コンデンサーを自社製造し、手配線で製品を仕上げていきます。
すべて最高の音質を再現するということのために。
良い音、悪い音、音には人それぞれの好みがあります。しかしそれらを超えた良い音があるのも事実です。本当に良い音は、人間の感性に深く訴えかけ決して聞き飽きることのない音ではないでしょうか。このような音で音楽を再生するために、オーディオ・ノートは選び抜いた素材、部品で一つ一つ自分たちが納得できる製品を作っています。
大量生産品とはまったく異なる製品作りがオーディオ・ノートの誇りです。
オーディオ・ファンの夢を叶え、さらにオリジナリティーに富んだ、芸術品の域に達する製品をお届けする、これがオーディオ・ノートのポリシーです。
| 1976年 | オーディオ・ノート創業 |
|---|---|
| 1976年 | 銀線巻き昇圧トランス発売 |
| 1976年 | 高耐圧FETプリアンプ Meister-7発売 高耐圧FETプリアンプ M7発売 |
| 1977年 | 銀線ラインケーブル、スピーカケーブル発売 |
| 1979年 | 株式会社オーディオ・ノートに変組(資本金600万円) |
| 1979年 | MCカートリッジ「IO」発売 |
| 1981年 | YL音響研究所を吸収、ホーン型スピーカの開発開始 |
| 1982年 | 211プッシュプルパワーアンプ発表 |
| 1983年 | エキサイタ型MCカートリッジ「IO-Limited」発売 |
| 1986年 | 20cmコーン型スピーカユニット「2001-20SP」発売 38cmコーン型ウーファーユニット「2001-38W」発売 |
| 1987年 | 資本金1600万円に増資 |
| 1987年 | カーステレオ用スピーカ発売 |
| 1989年 | 銀箔コンデンサー、銀線巻きOPTの発表 211シングルパワーアンプ「ONGAKU」発売 |
| 1990年 | 英国オーディオ誌に記事掲載、海外販促活動の本格開始 |
| 1990年 | 現AUDIO NOTE UK(現在弊社とは無関係)を海外販促活動の拠点として活動開始 |
| 1997年 | 現AUDIO NOTE UKとの取引終了 |
| 2003年 | ANJ International設立 海外活動の拠点として始動 |
| 2007年 | 本社を川崎市幸区に移転 |
| 2009年 | (株)クロックスファーストクラスを日本総販売代理店として日本国内販売再開 |







