第九回
リマスタリングの音を楽しむ

2018.10.01

文/岡崎 正通

リマスタリングによる音の違いがマニアの間で真剣に語られるようになったのは、いつの頃からのことだっただろうか。マスタリングは、CDの音を最後に決めることになる重要なプロセスであると思う。ともすれば見逃されがちな微妙な音の違いを、リマスタリングがほどこされた名盤の数々で楽しんでみたい。

♯25ルディ・ヴァン・ゲルダーによる執念のリマスター

リラクシン/マイルス・デイヴィス・クインテット

「リラクシン/マイルス・デイヴィス・クインテット」
(ユニバーサルミュージック UCCO-9172)

ジャズに興味がある人たちの間では知らぬ者がない名エンジニアのルディ・ヴァン・ゲルダー。その名はブルーノート・レーベルの作品群をつうじてあまりにも有名であるが、彼はプレスティッジやインパルスなどモダン・ジャズ黄金期の作品の録音も多く手がけてきた。そんなヴァン・ゲルダーが晩年にさしかかった頃、往時のプレスティッジのオリジナル・マスターに自ら手を入れて世に送り出したのが、一連の“ルディ・ヴァン・ゲルダー・リマスター・シリーズ”。その中からマイルス・デイヴィスのおなじみ“マラソン・セッション”からの一枚を聴いてみる。

この時代のジャズがもっていた、むせ返るような熱気とグルーヴがダイレクトに伝わってくる迫真の名録音。ヴァン・ゲルダーによれば、CDが世に出るようになってから、彼が録音した名盤の数々はすべて他の人によってマスタリング、音決めがなされてきたのだという。“最新のテクノロジーを使って、私のミキシング・ヴァージョンを届けられるようになった。これらを録音したとき、ミュージシャンたちがどんな音を望んでいたのか。そしてプレイバックを聞いた時の、彼らの反応も良く覚えているよ・・”とヴァン・ゲルダー自身が言っている。リアル・タイムで録音に携わったエンジニアでしか生み出しえない迫真の音。マイルス・デイヴィスの美学をいやが上にも感じることのできるもので、数ある「リラクシン」のアルバム中でも最高の音質が本ディスクだと断言したい。

♯26門外不出だったECM作品の、新たなリマスタリングを聴く

テイルズ・オブ・アナザー/ゲイリー・ピーコック、キース・ジャレット、ジャック・デジョネット

「テイルズ・オブ・アナザー/ゲイリー・ピーコック、キース・ジャレット、ジャック・デジョネット」
(タワーレコード PROZ-1111)

“沈黙の次に美しい音”というコピーでも知られるドイツ、ECMレーベルの名作の数々がタワーレコードの委嘱によってはじめてDSDへのフラットトランスファーがおこなわれ、高音質のSACDとCD層とのハイブリッド仕様によってリリースされている。スタジオやホールの空間を生かした響きがトレードマークになっているECMであるが、オリジナル・マスターは門外不出。リマスターされて世に出たことは、これまでに一度もなかった。それだけプロデューサー、マンフレッド・アイヒャーの音質へのこだわりがあったと言うことができるかもしれない。

いままでのものも悪くないと思っていたが、比較してみると今回のSACD盤の音には、いっそう深い奥行きが感じられる。響きがクリアーでありながら、じつにまろやか。リーダーのベーシスト、ゲイリー・ピーコックのベースも、低い方によく伸びている。このあとキース・ジャレットの“スタンダーズ・トリオ”へと発展することになる3人が対等の立場で、豊かな会話を交わしてゆく演奏。しなやかで自由な世界に遊ぶような美しいプレイを、最高の音質で楽しみたい。

♯27演奏空間が描かれるステファノ・アメリオのリマスタリング

アローン・トゥゲザー/松尾明トリオ

「アローン・トゥゲザー/松尾明トリオ」
(寺島レコード TYR-1063)

“ジャズ・オーディオ”を高らかに標榜しつつ、ジャズ・ファンだけでなくオーディオ・ファンからも一目置かれる作品を送り出しつづけているのが、ジャズ喫茶“メグ”のオーナーだった寺島靖国さんの主宰する“寺島レコード”である。そんな寺島レコードからリリースされてきたアルバムの数々を、新たにリマスタリングしてオリジナル盤と聴き比べようというのが、今回発売になった「ステファノ・アメリオ・リマスター・シリーズ」。ステファノ・アメリオは、いまオーディオ・マニアの間で注目をあつめているイタリアの俊英エンジニアで、響きの美しさを生かしきって豊かな空間を描き出す点において右に出る者がないと言ってよいほどの“美音の名料理人”である。もっとも寺島レコードがポリシーにしてきたのは“哀愁とガッツ”。そんな音源がアメリオの手にかかるとどのような響きになるのだろうかというのは、オーディオ・ファンならば興味を惹かずにはおられないところである。

2007年に吹き込まれた「アローン・トゥゲザー」は、寺島レコードの第一号作品だっただけにレーベル・ポリシーが凝縮されている作品。ピアノ・トリオ編成でありながらリーダーはドラマーの松尾明。3人のプレイヤーが個性を出し合い、互角に刺激し合いながら中味の濃い演奏が繰りひろげられている。タイトルになっている<アローン・トゥギャザー>をはじめ、<テイク・ミー・イン・ユア・アームズ><ソノーラ>など“哀愁曲”もたっぷり。ジャズ演奏の力強さを少しも殺すことなく豊かな広がりをもった世界が描き出されてゆくあたりは、さすがアメリオだと思わせる。オリジナル盤では演奏者のエネルギーがリスナーに向かってくるのに対して、アメリオ盤は左右に空間が広がっている。ライブ・ハウスの最前列で聴いているのがオリジナルだとしたら、アメリオのほうはコンサート・ホールの最良の席で聴いている感じといったら良いだろうか。どちらを好むかはリスナーによって分かれるところだが、うるさいジャズ・ファン以外にはアメリオの音が好まれているというデータがあるらしい。オリジナル盤も含めた2枚組になっていて、誰でも手軽に聴き比べることができるという配慮も嬉しいし、マスタリングだけが違う盤を2枚組でリリースするというのは、ありそうでなかった前代未聞の企画。“ジャズ・オーディオ”を標榜する寺島レコードの真髄ここにあり!といった感じで、両マスタリングの演奏を楽しんだ。

筆者紹介

岡崎正通

岡崎 正通

小さい頃からさまざまな音楽に囲まれて育ち、早稲田大学モダンジャズ研究会にも所属。学生時代から音楽誌等に寄稿。トラッドからモダン、コンテンポラリーにいたるジャズだけでなく、ポップスからクラシックまで守備範囲は幅広い。CD、LPのライナー解説をはじめ「JAZZ JAPAN」「STEREO」誌などにレギュラー執筆。ビッグバンド “Shiny Stockings” にサックス奏者として参加。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。